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カテゴリ:バス(北村、西工、東特)( 140 )
亀の井バス 日デU-JM210GTN +西工
路線バスにリフト付きのバスが出てくるのは、おおむね1990年代に入ってからのことです。大都市の公営交通が中心ということもあり、多くは大型車でしたが、その中で中型車に取り付けたのが大分県は別府に路線網を持つ亀の井バスでした。
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・亀の井バス 日デU-JM210GTN +西工 上:2002年8月 下:2012年5月 別府駅(大分県別府市)

亀の井バスは路線事情と輸送量が理由なのか、路線車両はほぼ中型車となっています。
従って、リフト車も中型となったのは自然の成り行きでしょう。ただし、日野でそろえていた中、車種は日デが選択されました。当時2種類あった日デの中型のうち、西工架装のU-JMとなったのは地域柄、なにより親会社が西鉄ということを考えると当然の成り行きといえましょう。
 型式中の「T」が示すように、低床(ワンステップ)のリーフサス車・・・といいたいところですが、なぜかこれはツーステップ車。理由は知る由もありませんが。側面の窓はT字窓で、これも亀の井バスの路線車としてははじめての仕様でした。最も、一般路線車はこの後も2段窓での増備が続くのですが。扉配置は当然ながら前中戸ですが、亀の井のオリジナルは前中折戸であるため、違和感はありませんね。
 亀の井バスはこの車両以降は、ポツポツと日デも導入するようになります。

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by hiro_hrkz | 2018-08-11 02:43 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(2)
西武総合企画 日デADG-RA237MAN +西工
UD+富士重工の大ユーザであった西武バスグループ。
富士が架装をやめたあと、当然のように西工が席巻するようになります。しかし、E型の採用例となると数えるほどしかありません。
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・西武総合企画 日デADG-RA237MAN +西工 2008年9月 志木駅南口(埼玉県朝霞市)

その一つが、西武総合企画が保有したこの車両。
埼玉県内の某大学の送迎車で、桜の花弁をあしらった外装が綺麗な印象です。
E型でありながら、前中4折の扉配置であることが、なにより特徴的でした。
なお、同じ仕様のKL-UA452もありましたが、私が撮影できたのは、このADG-RAだけでした。
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by hiro_hrkz | 2018-06-09 18:43 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
北越後観光バス いすゞKC-LV280L +西工96MC 
以前は移籍車両といえば、車齢8~10年の出物が普通でしたが、ここ最近はその倍の16~20年ものも存在し、また多重移籍という事例も以前に比べて目につくようになったと感じます。
この車両も、あっと驚く事例の一つでした。
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・北越後観光バス いすゞKC-LV280L +西工96MC 2016年12月 新潟県十日町市

越後交通の分離子会社である北越後観光(現在は本体に再統合)。ここに前後扉の96MCがやってきたのは2015年のことだっと思います。もと大阪市交通局の車両であることは明らかでしたが、それがジェイアール四国バス経由の多重移籍車と知ったときは心底びっくりしました。大阪市の1997年度導入車ということは車齢18年程度での再移籍ということになります。

この頃、越後交通では経年車であってもツーステップ車を集めていたような印象があります。
豪雪地帯ゆえの事情・・・たとえば道路事情あるいは融雪剤の影響なのでしょうか。

一方、このときJR四国で廃車になったキュービックボデーの同型式車は、奄美大島のしまバスに移籍したものもあります。
売りさばいた側の事情というのも大きいのでしょうね。

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by hiro_hrkz | 2018-04-11 22:59 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
高野山の西工58MC  3題
日本を代表する宗教都市である高野山。
橋本から南海電車で山を攻めて極楽橋へ、そこでケーブルカーに乗り換えて漸く高野山駅につきます。が、高野山の中心地は更に専用道経由のバスに10分ほど乗らなくてはなりません。奥の院となればもっと先です。

そんなわけで、標高800mの高野山中には、それなりの本数のバスが走っています。
運行するのは当然ながら南海グループで、1992年に本体より分離された南海りんかんバスが担当しています。
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・南海りんかんバス 三菱ふそうP-MP218K +西工58MC 
  2001年12月 高野山駅(和歌山県伊都郡高野町)
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・南海りんかんバス 三菱ふそうU-MP218K +西工58MC 2001年12月 高野山駅
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・南海りんかんバス 三菱ふそうKC-MP617K +西工58MC 2001年12月 高野山駅

現在は日野も在籍しているようですが、2001年当時は大型・中型共にふそうしか見かけませんでした。
その中には何台か西工58MCを架装した車両がありました。

画像は上からP-MP、U-MP、KC-MPで排ガス規制で3世代が揃っていました。
軸距は当時の南海の大型車は5.3mが標準でしたが、ここでは急カーブ等の多い路線環境にあわせて4.8mを採用していたのが特徴。

扉配置が前後引戸で後扉の下半分にも窓付きがある点は全車共通ですが、塗装はU-が旧塗装、P-とKC-が現行塗装。
窓は、U-とP-は南海で当時標準のメトロ窓ですが、KC-はT字窓。
そして、サスペンションもU-とP-が板サスなのに対し、KC-はエアサス仕様でした。
総じて、KC-MPが南海全体で見ると異端のクルマと言えそうですね。


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by hiro_hrkz | 2018-02-03 01:58 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
ことでんバス 三菱ふそうU-MP218M +西工58MC
私事ですが、今年もコトデンを求めて高松に行ってました。
三木町の祭りにあわせて長尾線を旧型が走る。しかも、予定では20形(・・この車両が普通に運用されていた時代に長尾線を走っているのは見たことがない)ということで決行したのですが、当日朝になり祭りが中止になったことを平木に着いてから知るという、なんとも巨大な空振りに終わりました・・・。

ということで、電車は無収穫でしたが、バスのほうではこれを見ることができました。
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・ことでんバス 三菱ふそうU-MP218M +西工58MC 2017年10月 高松築港(香川県高松市)

ことでんバス唯一の西工58MC架装の路線車です。
後ろ扉下部にガラス付、戸袋の内側に方向幕といった特徴から解るように、もとは阪急バスの車両。
香川県の路線バスは大型車が極端に少なく、またその内訳が全て移籍車という点も特徴です。逆に主力の中型・小型は、殆どが自社発注なのとは対照的ですね。大型は稼働率が低く賢明なところではあると思います。

2008年頃には複数の事業者から車両が移籍しましたが、このうち1台だけがもと阪急かつ58MCということで、文字通り異彩を放っています。最初は広告車でしたが、のちに水色にマスコットキャラの「ことちゃん」を描いた標準塗装になりました。

それにしても存在を知ってから撮影まで10年近くかかりました。
・・・こういう何度行っても見ないバスの存在が、バス趣味を継続している理由なのかも・・・と、思うところです


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by hiro_hrkz | 2017-12-10 02:14 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
岩手県交通 いすゞK-CJM500 +北村
岩手県交通は、1980年代後半に入ると国際興業グループ入りしたこともあるのか、路線車に関しては同社からの移籍車両が大半となります。その中で、例外的にまとまった数だったのが、平成初頭に移籍してきた神奈川中央交通のK-CJM500です。
神奈中の同型式には、川重、富士3E、5E、北村と4種類の車体がありましたが、これらを全て導入しました。
最も多かったのが北村。結果として、北村モノコックボディーの存在を遅くまで若い世代に伝えることになりました。

さて、このCJM+北村。塗装を変更した程度であまり大きな改造は受けていません。
神奈中独特のフロントガラス下の運賃支払い表示もそのまま。
方向幕は、側面は抜き取っただけで装置はそのまま。代わりに行き先表示板を設置。
リアは広告で隠し、唯一生かされた前面はサイズが合わないため両端を隠していました。
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ただし、その色は何故かマチマチ。
黒、青、白とありました。
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その後、盛岡市内で系統番号が振られ方向幕を交換したとき、一部車両はこの目隠しをとっぱらったようです。
側面の方向幕も復活していますね。

神奈中からはこの車両まで断続的に車両が移籍していましたが、この型式で一度打ち切りとなります。
その後は、KC-世代まで開くことになります。

・岩手県交通 K-CJM500 +北村 
(上から)1999年5月 岩手県岩手郡滝沢村
     1995年9月 盛岡駅前
     2004年6月 盛岡駅前
     1997年3月 盛岡駅前
     2000年10月 盛岡駅前
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by hiro_hrkz | 2017-10-14 00:27 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC
静岡鉄道のバスは長いこと、いすゞ・日野・三菱の3社でほぼ固められていて、日デは貸切車で僅かに存在するだけでした。それを変えたのは、KL-JP系ノンステップ車の発売でした。これで日デが勢力を拡大してゆくことになります。
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2013年8月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2008年9月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2013年8月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2009年12月 静岡駅前

KL-JP系ですから、車体は当然、西工。同社は逢坂山の東にありながら、「カマボコ」の時代に西工を導入した実績があり、久しぶりの登場となりました。

画像は上から、2000年式、2001年式、2002年式その1、同その2です。
増備を重ねる度に少しずつ変わっており、
・側面の行き先表示は2000年式は戸袋前なのに対し、2001年式以降は中扉後ろに、
・エアコンは、まずゼクセルで2002年式その1でモデルチェンジ、2002年式その2はデンソー、
・中扉は下半分にも窓があるものから、2002年式その2で省略されたものに
それぞれ変化しています。
最も、中扉下の窓は、その後広告が貼られて潰されている例もあるのですが。

2000年式6台、2001年式1台、そして2002年式は実に23台が導入され、合計30台の大勢力となりました。
その後の増備は、通常の大型車のKL-UAとなります。

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by hiro_hrkz | 2017-08-12 17:26 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
熊本バス いすゞKK-LR233J1 +西工96MC
いすゞの中型車は、平成10年排ガス規制(KK-)に移行したあと・・つまりエルガミオになってからは、富士重工の架装例が無くなりますが、西工は架装をつづけました・・・これは、シャーシメーカの事情というよりコーチビルダー側の採算性で対応が分かれたようですが。もっとも、西工の中型車は圧倒的に日デRMが多く、いすゞは少数派であることには変わりありません。
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・熊本バス いすゞKK-LR233J1 +西工96MC 2008年7月 交通センター(熊本県熊本市)

画像は熊本バスでの導入例。
いすゞKK-LRへの西工架装例は、ワンステップばかりで、ノンステは存在しないようです。
熊本バスは、前回取り上げた一畑電鉄同様、いすゞU-LRワンステの西工架装車を導入しており、それ流れの上にこの車両もあります。仕様も変わらず、逆T字窓で前中折戸となっています。
中型+96MCで前中引戸を採用すると、戸袋直前の窓柱が太くなる傾向にあり、重たい印象になることが多いのですが、折戸だと窓も大きく、軽快な感じがするように思います。

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by hiro_hrkz | 2017-06-12 22:49 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
一畑バス いすゞU-LR332J・KC-LR333J +西工58MC
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西工が西日本に多いといっても、中国・四国地方においてはその殆どは山陽地方に集中しており、山陰と四国は53MC~58MCの時代は例が殆どありませんでした。その数少ない例の一つが、この一畑電気鉄道(→一畑バス)が導入した、いすゞLRへの58MC架装例です。
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・一畑電気鉄道 いすゞU-LR332J+西工58MC 1998年9月 松江駅前

一畑の乗合車は、1970年代以降、小型車などごく一部の例外を除きいすゞで、その車体はC系の初頭までは富士重工架装も存在したものの、基本的には川重→IKが大半を占めています(例1例2)。そこに突如として、1994年に2台の西工架装車(島根22き1687、1690)が登場しました。

IK架装のほうが、通常のツーステップなのに対して、こちらはワンステップ車をベースにステップを1段追加したタイプの模様。このあたりは、神戸市交のLR(→熊本電鉄)と似た導入背景を想像するところです。
従って、側面の窓は天地拡大タイプでだいぶ軽快な感じとなっています。

なお、同社は1993年まで前面を赤一色に塗っていましたが、この年から側面と同じく、白地に赤と黒の帯が入るようになりました。
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・一畑バス いすゞU-LR332J+西工58MC 2009年2月 島根県松江市
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・一畑バス いすゞU-LR332J+西工58MC 2012年10月 出雲市駅前(島根県出雲市)

翌1995年には、島根22き1730~1732の3台を導入。
仕様は前年と特に差はないようです。
松江だけでなく、出雲市で使用されているものもあります。

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・一畑バス いすゞKC-LR333J+西工58MC 2009年2月 島根県松江市

そして、1996年には島根22き1855~1858の4台を導入。
排ガス規制がKC-になっただけでなく、正真正銘のワンステップ車になりました。
また、前バンパーにはコーナリングランプが埋め込まれるなどの変化があります。
なお、行き先表示は通常の幕式でしたが、松江の車両は後に、LED化されています。

西工架装の車両はこの年で打ち止めとなり、あとはIBUS架装の車両ばかりに。
96MC架装の車両は登場しませんでした。
車齢20年を超え、これらも、この春に多くが廃車になったと聞きました。
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by hiro_hrkz | 2017-04-11 01:35 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
横浜市交通局 日デP-RB80G +西工
関東地方における西工の路線車といえば、京王帝都が1995年に導入した日デU-JP以降に一般化したというのが多くの認識かと思います。しかし、それに先立つこと6年。1989年(1988年度)に横浜市営バスが、8台ほど導入しています。車種は、発売から間もない日デの中型車、P-RB80Gでした。
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・横浜市交通局 日デP-RB80G +西工 1998年3月 桜木町駅

 最も一般路線用ではなく、桜木町を起点に関内や山手を廻る循環路線 130・131系統を新設するにあたり専用車として投入されました。当時、横浜市営の車両仕様は前中引戸+2段窓でしたが、この車両は前中折戸+逆T字窓という特別なもの。塗装も横浜市電1600形のそれを範にとった、青と白のツートーンでした。当局の新路線に対する気合の入れ具合が伺えますね。
 なお、横浜市営といえば1990年度以降、電子式ATを全面的に採用しましたが、それに先立ち当車はトルコン式ATを登載しています。画像からわかるように、女性ドライバーをこの路線専用に多くそろえていたことも関係するのでしょうか。

130・131系統は、1994年に路線の一部変更に伴い、Yループという愛称が与えられました。このときにRBの塗装は、1台ごとに沿線商店街が異なるイラストを描いた派手なものになりました。なお、1台だけは港北ニュータウン営業所に転属し同管内のミニバス用になり、塗装もその専用に変更されました。

画像は、この車両の最末期である1998年の3月に撮影したもの。
廃車の頃には、丁度、横浜市交通局から移籍車が大量に出回っていた時期で、かつ移籍車の市場で中型車のタマ不足感が出てきたころ。この車両も・・・と思っていましたが、結局すべてどこにも行かずに終わりました。


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by hiro_hrkz | 2017-02-09 01:30 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)