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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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カテゴリ:鉄道施設( 56 )
近江鉄道 鳥居本駅
e0030537_23590332.jpg
歴史ある私鉄ゆえか、旧い駅舎(例1例2)の多かった近江鉄道。
だいぶ消えましたが、いまも健在なのがこちら。有名な物件ではありますが。
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米原と彦根の間にある鳥居本駅。
この区間の開業は、1931年で近江鉄道の中では新しいほうですが、
その開業時からあるのが、この木造の洋館風の駅舎です。
撮影は21年前ですが、改修が行われて間もないこともあり、美しい状態でした。
赤い屋根と窓がひときわ目を引きますね。
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近江鉄道は私鉄の中では比較的遅くまで(とはいえもう30年くらい前ですが)貨物輸送を行っていました。
鳥居本駅には石油の油槽所が存在し、専用のスイッチャーまでありました。
この頃には、もう面影はありませんでしたが、その代わりに一般の貨物ホームはそのまま残されていました。
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ここには、電気機関車と同じ空色に塗られた、ワフ1形がポツンと置かれていました。
多数が存在し、貨物廃止後も彦根などに放置されていたこの貨車。
ここの個体には荒れた雰囲気が無かったのは、この貨物ホームで市が開かれ、その店舗だったか物置だったかで使っていたから・・・と聞いたことがあります。

・いずれも1995年8月 撮影

by hiro_hrkz | 2016-01-24 00:14 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
静岡鉄道静清線 入江岡駅
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東海道在来線で西へ西へとゆくと、清水駅を過ぎて巴川を渡ったあたりから草薙駅の手前まで、進行方向左側に静岡鉄道が並行し、あたかも複々線といった雰囲気になります。ここでは、いつもそちら側に注目するのですが、静鉄は昼間でも1時間に片道9本が走っている割に、並走もすれ違いも少ないように感じます。

この並走区間の一番東側にあるのが入江岡駅。静鉄の終点、新清水から数えて一つ目の駅であります。
このあたりは、掘割の中を路線が走っており、駅舎は線路を横断する陸橋に面してあります。

・・・・と書けば、名古屋の金山とは行かないまでも、せいせい東京の上野毛あたりを連想したくなるものです。
が、実際は
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こんな歩道も無い陸橋に面して、実にコンパクトな出入口があるだけ。
なかなかのインパクトですが、知らなければ通り過ぎてしまうくらいに、存在感がありません。
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陸橋の路面と出入口はツライチではなく、駅舎の方が一段低くなっています。
陸橋側も、その部分だけ柵を取り払っただけで、道路端の段差は特に処理されていません。
なお、駅の入り口には、取っ手部分のボタンを押すと開くタイプの自動ドアが取り付けられています。
駅前にスペースが無いので、飛び出しを防ぐ意味もあるのでしょう。
e0030537_01064669.jpg
そして、駅舎の内部・・・狭すぎて私のレンズでは中に入っての撮影は無理でした。
よくこのスペースに自動改札を2機も押し込めたものだと感心します。
自動改札の向こうは、すぐにホームに降りる階段がはじまっています。
e0030537_01070510.jpg
外側から見れば、こんな感じ。上の写真で券売機と窓口があったスペース・・つまり駅の事務室にあたるのが、丁度窓のある部分になると思いますが、果たして、どれだけの広さであるのやら。
そして、駅舎下のホーム上には、便所が設けられています(拡大したところ、現在は使用中止の模様)。
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コンパクトなのはホーム上も同じ。それでも、飲料水の自動販売機にベンチと必要なものは揃っています。
静鉄の全駅に共通することですが、地方都市の私鉄でありながら、ホームに転落防止策が整備されているのも特筆されるところですね。静鉄静清線といえば都市型ワンマン運転のパイオニア。変わらずにアップデートしているようです。
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なお、入江岡駅は、この夏から静鉄でもタイアップがはじまった、この有名キャラクターの作者さんのご実家の最寄駅ですね。
余談ですが、静鉄には1000形しか走ってませんが、特別外装もしくは広告車ばかりでノーマルな姿のほうが少ないとは知りませんでした。

・いずれも2015年8月 撮影
by hiro_hrkz | 2015-08-29 02:00 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
ふたつの駅のその後
「北陸へ出かけましょう~」というCMに惹かれたわけではありませんが、
新幹線ができたので、北陸方面へ行ってみました。
その際に過去、拙ブログで取り上げた2つの駅に降りてみたので、過去の画像と比較してみたいと思います。

先ずは、福井鉄道の西山公園駅。4年前にとりあげた際にも最後で少しだけ触れていますが、福井鉄道では経営体が変わってから駅の改装を進め、この駅もリフォームの対象となりました。
e0030537_00502351.jpg
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・・・なんということでしょう!!・・・というほどには変わっていませんが、もとの駅の形を残したまま、木材の張替や窓枠の更新が行われ、すっかり新しくなっています。待合室なども清潔で明るい雰囲気となりました。
そして、無人化以来デッドスペースとなっていた駅舎奥の部分は屋根のある自転車置き場となっています。このような大改装は家久駅でも行われており、よい匠に依頼できたのかもしれません。

全くの余談。何故、西山公園駅で降りたかというと、この近くに鯖江市のコミバスを運行する事業者が所在すると聞き、そこに目当ての予備車でも置かれてないかと思ったのですが・・・・完全な空振りでした。コミバスの予備は来てほしくないときに限って来るもので・・・・

今回、北陸新幹線の開業で、最も注目を集めているのが金沢。
私は、10年ぶりに北陸鉄道浅野川線に乗ることにしました。
この路線の終点、内灘駅に関しては25年前と18年前の画像を取り上げていますが、更に時間が経過して、こんな姿になりました。
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すっかり雰囲気は変わりました・・・が、よく見てみれば、窓や扉の位置、一階の屋根、
なにより建物の形状は全く変わっていません。こちらも、もとの建物のままリフォームしたということのようです。

地図はずっと位置が変わらなかったようですが、力尽き?広告が貼られています。
駅舎外に目を転じれば、ホームから直接外に出る階段が整備されています。車椅子用のスロープが合わせて設置されており、これもバリアフリー対応という時代の要請ですね。

駅舎の前面には屋根が設置されています。これはそのままバス乗り場まで続いています。
金沢といえば「弁当忘れても傘忘れるな」。電車とバスを傘をささずに乗り換えられるのは、ありがたいですね。

・いずれも2015年4月 撮影。

by hiro_hrkz | 2015-05-13 01:15 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
津軽鉄道 金木駅
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 降るな 降るなよ 津軽の雪よ
 春が今年も 遅くなるよ

かの有名な千昌夫の「津軽平野」。
2番の歌詞には、津軽鉄道のストーブ列車も出てきます。これの全国的な知名度向上に一役かったことでしょう。
作詞・作曲が吉幾三なのは、これまたよく知られた話だとは思いますが、彼の出身地こそ、津軽鉄道のほぼ中央に位置する金木です。起点の五所川原以外では最大規模の集落ですが、駅そのものは、他の交換可能駅と比べて特段に大きいというわけでもなかったように思います。
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金木と言えば太宰治の生家があり、駅舎の改札上には「太宰のふるさと」、そして方言での歓迎の言葉が掲げられ、精一杯の観光対応がなされていました。
この部分、駅舎本体から突き出した庇の下に、さらに戸が取り付けられています。ようするに、外壁が二重構造になっていました。防寒対策だったのでしょう。
e0030537_0531433.jpg
駅舎内部はこのような感じ。
売店が併設されているのは、この路線の重要駅であることを表していますね。
冬季ということもあるのでしょうが、駅舎内は列車を待つ客がそれなりに多かったように記憶しています。
奥に掲げられた「ねぷた」の絵が、これまた当地らしい感じですね。
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玄関ポーチは駅舎正面がふさがれていて、脇から出る構造なのは、やはり防寒対策で、北国では比較的よくある構造ですね・・・これは、このあと、改造されて普通の構造になりましたが。
その横には駅食堂がありますが、改めて検証すると、その位置は上の売店のあたりになるはずで、どのような構造だったのか記憶にありません。なお、昭和50年代前半の写真を見ると、駅食堂の看板は無いので、それなりに新しいものだったのかもしれません。

食堂の奥の扉は便所。その近くにバス停が建っています。やってきた弘南バスは、三菱K-MK116H?。今なら、当然バスだけ撮影しているのですが、当時はこの1枚で終わりとしていました・・・午後に弘南鉄道に行く予定で、フィルムを節約したのでしょう。
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この駅舎も2003年に建て替えられました。

・5枚目のみ2002年6月 ほかは1994年2月 撮影

※2016.7.20 2002年6月撮影の画像を追加しました。
by hiro_hrkz | 2015-02-20 01:15 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
豊橋鉄道渥美線 三河田原駅 1990年
いまから24年前。
豊橋鉄道渥美線の終点・三河田原には、こんな駅舎が建っていました。
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駅前が狭くこんなアングルですが、ローカル私鉄の駅としては大柄なほうだったと思います。
シンメトリーに見えますが、向かって左側は屋根があるだけで、自転車置き場が大半を占めていました。
少々わかり辛いですが、奥に電車(1900形)が留まっています。
オレンジ色のビニールの屋根の部分はバス乗り場なので、渥美半島のさらに先へと乗り継ぐ客を考慮した設計だったのかもしれません。
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駅構内は広く、駅舎直結のホームのほか、屋根のない1面2線と、さらに側線が1線ありました。渥美線は、貨物輸送が割合盛んだったので、その関係でもあるのでしょう。
ただ撮影時は既に貨物輸送は無く、昼間は使わない電車が1編成、留めてあるだけでした。

この写真を撮影した4年後に駅舎は建て替わり白壁ふうのものになりましたが、
その後、さらに駅周辺の整備と併せ、2013年には頭端式となり、駅構内も全く形が変わっています。

・いずれも1990年8月 撮影。
by hiro_hrkz | 2014-10-23 00:10 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
地平時代の能勢電鉄 川西能勢口駅
能勢電の起点は、親会社の阪急宝塚線と接続する川西能勢口駅。
1996年3月に高架線になり、その後、宝塚線との直通が行われているのは周知のとおりです。

この川西能勢口駅の地平時代といえば、なんといっても駅構内にある急カーブが特徴でした。
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e0030537_134190.jpg
写真だと、そこまできつく感じないのですが、当時、駅のホームから見ていると、
ホームと直角方向に進んできた電車が、バスのごとく急に曲がって入線してくる感じでした。

そのカーブはR40(鉄道ダイヤ情報 1992年7月による)。
標準軌・中型車使用の各線と比較すると、首都圏切きっての急カーブだった京急空港線蒲田の高架化前がR80。本線と支線の連絡線上に急カーブの多い阪急の伊丹線塚口がR60ですから、極端な急カーブであることがわかります。
これと同じ程度の曲線となると、京阪京津線の上栄町附近にR40、箱根登山鉄道にR30と、小型車~路面電車を使う路線ばかりとなります。元々、能勢電は軌道線で全長15m以下の電車を使用していたので、その頃の名残ともいえます。

従って、1983年より阪急から譲り受けた19m級車は、連結面間を160mm延長して対処し、
最徐行で運転されていました。
e0030537_0484069.jpg
外側から見るとこのような感じ。
台車枠が車体から、はみ出ていました。
走っている車両は、もと阪急2000系の1700系1751。
上の2枚に写っている同じく1700系の1707とは全く異なる塗装ですが、この頃、能勢電は塗装で迷走?しており、様々な塗装が試されていました。このあと所謂「フルーツ牛乳」に落ち着くわけです。

高架化により曲線は緩和され、このような無理矢理な線形は見られなくなっています。

・いずれも1993年8月 撮影
by hiro_hrkz | 2014-06-11 00:57 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(4)
富山地方鉄道本線 経田駅
古い駅舎が多い富山地鉄から、
本日はこの木造駅舎を。
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本線の経田(きょうでん)駅は、新魚津から宇奈月方面に一つ目。魚津市の北端にある港町のはずれにあります。
窓枠のアルミサッシ化など一応の手入れはされていますが、見るからに旧い木造瓦吹きの駅舎があります。
もとは、1940年に廃止になった石田港駅(もとは黒部鉄道が開業したもの)を移築したものと言われています。
参考サイト(外部リンク)
e0030537_21495924.jpg
ホーム側から見るとこんな感じで、直接道路に出られる臨時改札があるところは、いかにも昔の駅舎という感じ。
また、上のリンク先にある画像と比べると、どうやら駅正面から向かって左側の出っ張りは、あとから増築されたもののようですね。外壁に差は感じられないので、このあたりは後年、手を入れられているのかもしれません。
e0030537_21562738.jpg
中は、窓口や扉は板が打ち付けられているのは、無人化された駅にありがちな風景。
駅の近くに高校があるため、平日朝のみ駅員配置となっています。
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こんな駅舎があるものの、構内は1面1線と実にシンプルなもの。
架線柱などを見る限り、これも昔から変わっていないようですね。
石積みのホームに木造の上屋と、地鉄本線でよく見かける構成となっています。

・いずれも2013年4月 撮影。
by hiro_hrkz | 2014-03-23 22:04 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
養老鉄道 養老駅
揖斐川に沿って路線を伸ばす養老鉄道(旧・近鉄養老線)。
運転系統は、大垣を境に南と北で分かれています。
そのうち、南側の区間にある駅のひとつが、養老駅です。
e0030537_17114752.jpg
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養老駅は、1913年に養老鉄道(初代)の最初の営業区間(養老~大垣~池野)とともに開業しましたが、この駅舎は、全通後の1920年に建てられものです。この種のローカル私鉄にしては、大柄なほうに属するでしょう。鬼瓦には、養老鉄道の「Y」の字が残されています。
e0030537_17355890.jpg
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一見、純和風に見えますが、出入口付近の屋根あるいは柱を見ると、洋館のつくりが取り入れられているようです。
また、駅舎入って左側には、今なら「古風」と表現するのが適当な喫茶店が設置されており、これも、この駅独特の雰囲気を醸し出しています。ちなみ喫茶店の扉~改札口の間は、売店のスペースとなっていますが、共に時間が早かったため、営業していませんでした。
e0030537_1745216.jpg
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こんな設備があるのは、ここが観光地の「養老の滝」の入り口だからでしょう。喫茶店と売店は、養老の滝の近くにある旅館の経営です。
しかし、今や、こんなローカル線を使って観光する客などいるのかどうか。駅周辺は極めてありふれた田舎町の風情となっています。駅舎脇の臨時改札も、そんな時代の遺物でしょうか。
e0030537_17513752.jpg
こんな駅舎の北側には、立派な石碑があります。
養老鉄道(初代)を創設した立川勇次郎の碑です。
氏は、大師電鉄や東京市街鉄道、あるいは揖斐川電気(現在のイビデン)などの創立あるいは要職を務めるなど、明治~大正期の電力事業に関わっていました。
個人的には、この養老鉄道と、関東地方における電鉄の嚆矢に繋がりがあったことをはじめて認識しました。
参考リンク(PDF)

・いずれも2013年8月 撮影
by hiro_hrkz | 2013-11-10 18:07 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
東武鉄道伊勢崎線 隅田公園駅跡はいま・・・
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東京スカイツリーが完成し注目を浴びている業平橋周辺。その観光客を近隣の浅草へと誘導することにも力が入っているようです。
この二地点は東武伊勢崎線の駅で隣同士ですが、かつては、ここにもう一つ駅がありました。
その名を「隅田公園」といいます。

1931年の業平橋~浅草雷門開業時に、大震災後の都市計画により造られた隅田公園の前に設置されたのですが、第2次世界大戦中の1943年に休止となり、更に1945年3月の東京大空襲で被災したこともあり、復旧することなる廃止となりました。

さて、この駅は高架下に駅舎を持つ構造となっており、近年までその跡は倉庫等として利用されていたようです。
しかし、この部分が解体されているという情報を聞くにおよび、急遽すっとんで行った次第。
e0030537_23562719.jpg
長らくこの部分は、前側に増築されており、駅時代の外観は上部がほんの少し見える程度でしたが、
今回の解体により、姿を現した・・・ということが、足を向けた理由でした。
残念ながら既に黒い防護幕で覆われておりましたが、まだ、辛うじて本体は解体に着手されていませんでした。
e0030537_004547.jpg
暫くは線路直下のあたりに覗いている意匠や、防護幕の下にうっすらと見える、上辺が孤を描く窓を眺めておりました。
それを下に降ろしていくと・・・・ん?、断片的にいろいろと見えていますね。 
そこで、ノーファインダーで、柵の上から撮影すると、
e0030537_03913.jpg

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壁などはほぼそのままだったようで、駅の入り口部分も、そのまま生かされていました。
ただ上に出っ張っている古レールは、庇の支えで、恐らくは後年増設されたものと思われます。
参考として、解体前の状態が撮影されている、Googleのストリートビュー(2010年撮影・・・2013年5月現在)のURLを挙げます。

東急東横線の並木橋駅跡などもそうですが、解体間際になって、思わぬことが解ったりするものですね。
その状況に遭遇できるのも、相当な情報網が必要となりますが・・・。

なお、この駅については
古今書院発行の「民営鉄道の歴史がある景観 1」(佐藤博之・浅香勝輔 著)に詳細が掲載されています。
by hiro_hrkz | 2013-05-19 00:15 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(2)
蒲原鉄道 五泉駅
駅の改札ひとつをとっても、結構地域性というものがあります。
今回は、1999年に廃線になった蒲原鉄道の五泉駅を取り上げます。

五泉はJR磐越西線に蒲原鉄道が乗り入れていました。
磐越西線は2面2線+側線、その隣に蒲原が1面2線という内容。
JRのホームおよび跨線橋を通って蒲原のホームへ行くという、よくある構造でした。
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ということで、蒲原鉄道に乗る際にも、このコンクリ造りのJRの駅舎にある改札を抜ければいい・・・と思っていると、さにあらず。
駅前広場を右に視線をずらすと、こんなものが目に入ってきます。
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このプレハブつくり?の建屋こそ蒲原鉄道独自の五泉駅舎でした。
ここできっぷを買い、改札を抜けるわけです。
最も、改札を抜けた先はJR駅舎と同じく磐越西線の会津若松方面ホームなのですが。
こうした構造は、同じ新潟県のJR越後線・新潟交通の燕駅などでも見られました。
他は、青森県の津軽鉄道の津軽五所川原がJRと別駅舎、弘南鉄道の弘前がJRと別改札と言う例もありますね。

余談ですが、4年前の秋に蒲原鉄道のバスに乗るために、久しぶりに五泉駅に降り立ちました。
蒲原鉄道の跡は更地となる一方、JRの駅には自動改札が設けられ、時間の流れと共に唖然としたことを思い出します。
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・いずれも1999年10月 撮影
by hiro_hrkz | 2013-03-20 01:20 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)