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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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カテゴリ:路面電車・低床電車( 80 )
土佐電気鉄道300形と伊予鉄道モニ31
いまは無くなってしまいましたが、土電の西の終点、伊野電停には、表通りから一歩裏手に回る形で留置線(伊野車庫)がありました。始発電車などが使っていたようですが、そこには1両の廃車体が置かれていました。
土佐電気鉄道300形と伊予鉄道モニ31_e0030537_0483274.jpg
・土佐電気鉄道 321(廃車体) 1990年8月 伊野

鋼製単車の300形321です。
土電の1950~60年代の自社発注車は、その多くが東京都電を意識した外観になっています。
「とでん」繋がりだったかどうかはしりませんが・・・。
その中でも究極的な存在だったのが300形。木造単車の車体を1953年から自社製のものに交換して26両が製造されたものですが、車体は都電6000スタイルの同社200形を切り詰めたスタイル。しかも、ご丁寧にも、この長さで側面には8枚の窓が並んでいます。そんなところからも、模型でいうところの「ショーティー」そのものといった感じでした。
一方で、足回りはこの種の単車が通常手ブレーキばかりのことが多い中でエアブレーキを装備し、台車前後の板バネをコイルばねにするなどの改良がおこなわれていました。

最後まで残った321は1975年に廃車になり、暫くしてからここに置かれます。最初は台車つきでしたが、土電が1984年に7を復元製造する際に他の機器共々流用され、ダルマになりました。
のちに、留置線が削減された際に解体されたそうです。

この300形のうち、1954年製の312が1971年に伊予鉄道に譲渡されています。
伊予鉄では上回りの大部分を取り払い、花電車用に改造。
従来から在籍していてた牽引・構内入替用のモニ30に続けて、モニ31となりました。
土佐電気鉄道300形と伊予鉄道モニ31_e0030537_1154818.jpg
・伊予鉄道 モニ31 1990年8月 古町

当然、車体など殆どないわけですが、前面窓下の部分は原型が残っていることがわかります。
また、土電時代に改良された台車まわりもそのままでした。なお、復元電車の土電7は、板バネに戻されています。
あまり稼働する機会がないまま、2006年に廃車になったようです。
by hiro_hrkz | 2014-07-14 01:20 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
阪堺電気軌道 174、303
日本国内で一番高いビル「あべのハルカス」開業で注目を浴びる大阪・阿倍野。
路面電車ファンにとっては、その隣、天王寺駅前電停から南へ走る阪堺上町線をまず思い起こすことでしょう。
いまから25年前に撮影し写真を2枚ほど。
阪堺電気軌道 174、303_e0030537_23373534.jpg
阪堺電気軌道 174、303_e0030537_23374856.jpg
・阪堺電気軌道 (上)303、(下)174 1989年8月 天王寺駅前

・・・まだこのタイプの車両が現役で走っているので、そう古いという感じがしませんね(笑)。
風景は、道路の拡幅で一変してしまいましたが。

阪堺電気軌道の大型鋼製路面電車は、まず1927年に川崎造船で151形が10両製造されます。これは直接制御車でした。
 つづいて、161形が1928年に川崎車輛で161~170、1930年に田中車輛で171~173、大阪鉄工所で174~176の16両が製造されます。こちらは、連結運転が可能でトムリンソン式密着連結器を備え、制御器は間接非自動・電磁接触器式のGE製Mもしくはそのライセンス製品である芝浦製RMKを搭載しています。
 この151形・161形のうち7両(173、158、164、176、156、153、152)の制御器を間接自動・油圧式の東芝PM-2Aに交換したのが301形で、やはりトムリンソン式連結器を備え、連結運転が可能でした。
 そのほか、151形のうち2両を制御器交換等を行い161形に編入、これらの改造により生じた欠番を他の車両の改番で揃えるなど、南海らしい番号の複雑さは阪堺線でも例外ではなかったということになります。

連結運転は、平野線で行われていたものですが、地下鉄御堂筋線の南進に伴う乗客減で1960年には一般旅客列車では廃止、以降、161形から順に連結器が外され1967年には全車両から取り外しが完了しています。なお、151形は1960年に301形と同じPM-2Aに交換しているので、この時点で両者の性能面・設備面での差はなくなったことになります。

主電動機は、出力30kwのGE製GE-247-1か芝浦製SE104-Bを4台搭載。
路面電車としてはパワーがある車両なのは、車体が約13.5×2.4mと大きく、また郊外線の要素が強い阪堺らしいところです。

さて、画像の2枚ですが、174は、その151形から161形に編入された車両で、もとの車番は155。
一方、303は、もと161形の164です。
塗装は、タマノイ酢が広告主となったオリエントエクスプレス調のもの。
当時の阪堺の電車は大半が広告車でしたが、その中でも落ち着きのあるものでした。
by hiro_hrkz | 2014-04-10 00:35 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
名鉄美濃町線 下有知にて
名鉄美濃町線 下有知にて_e0030537_21413687.jpg
今月の表紙が名古屋鉄道美濃町線のモ600なので、それに因んだお題をひとつ。
美濃町線のうち、ひと足早く1999年に廃線になった(新)関~美濃。
この区間は専用軌道区間が長かったのですが、関側は併用軌道~路肩軌道となっていました。
ここにあった唯一の電停が下有知です。
名鉄美濃町線 下有知にて_e0030537_21475529.jpg
道路と反対側に、小さいながらも屋根つきの簡素なホームがあるだけでしたが、自転車置き場が併設されている点は、郊外電車の停留所ということを示しているように思います。

この電停でアクセントになっていたのが、北側の線路際にあった稲荷社でした。
名鉄美濃町線 下有知にて_e0030537_21544972.jpg
名鉄美濃町線 下有知にて_e0030537_21543289.jpg
小さいながらも参道に鳥居と幟が立ち並び、拝殿?も瓦葺で、それなりに立派なもの。
ただし、本殿は電車の陰に隠れて見えませんが、小さなものがあるだけです。
ちなみに駅のホームと稲荷社の向こう側(住宅との間)には水路が流れています。

新関から先は日中1時間ヘッドだったため、あまり撮影に行かなかったのですが、
このときは、すでに廃止が決まっていたので、朝の本数が多い時間帯に狙って行きました。
現在は、このようになっているそうです。

・1998年8月 撮影
by hiro_hrkz | 2014-01-09 22:17 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
長崎電気軌道の赤い帯
長崎電気軌道の旧型車の塗装は、緑とクリームのツートーンですが、
前面に赤い帯が入っていたことを、記憶されている方も多いかと思います。
長崎電気軌道の赤い帯_e0030537_22134122.jpg
・長崎電気軌道 305 1999年8月 蛍茶屋
長崎電気軌道の赤い帯_e0030537_22135953.jpg
・長崎電気軌道 367 1999年8月 浦上車庫前
長崎電気軌道の赤い帯_e0030537_22391854.jpg
・長崎電気軌道 504 1999年8月 浦上車庫

上から、赤帯が入っていた頃の、300形、360形、500形と代表的な3形態を並べてみました。
すでに赤帯のない車両が大半となっていた頃です。
この赤帯は、もともとワンマンカーであることを識別するためにつけられたものです。
しかし、一部の保存目的の車両を除いて非ワンマンの車両などとっくになくなっていたので、塗装簡略化のために廃止されました。

この、ワンマンカーを識別する帯というのは、他の都市でも見られたもので、割とありふれたものだったようです。そんな中で、路面電車で緑とクリーム色の塗装を採用していたところでは、京都市電、名古屋市電、仙台市電で、同様に赤~橙系の色の帯を入れていました。補色の関係にあるのは、やはり目立つということなんでしょうね。
by hiro_hrkz | 2013-11-22 23:11 | 路面電車・低床電車 | Comments(2)
筑豊電気鉄道 3000形
北九州市の黒崎から中間、香月を経て直方を結ぶ西日本鉄道系列の筑豊電気鉄道。
普通の鉄道線でありながら、西鉄北九州線に乗り入れて開業したという歴史的経緯から、路面電車形の車両が走るという、日本では変わった路線になっています。

この筑豊電鉄の現在の主力車種が3000形。
1988~1989年および1995~1996年の2回にわけてアルナ工機で、9編成が製造されました。
主要機器類は、親会社の西鉄北九州線の1000形を譲り受けた2000形のものを再利用しています。
筑豊電気鉄道 3000形_e0030537_1193374.jpg
・筑豊電気鉄道 3008A+3008B 2013年5月 通谷~西山
筑豊電気鉄道 3000形_e0030537_0475479.jpg
・筑豊電気鉄道 3002B+3002A 2013年5月 筑豊直方~感田

2両で全長18600mm・車体幅2400mmで、扉は片側3枚・折戸式というのは、西鉄1000とほぼ同じで、この車両が実質的に冷房改造等を目的とした更新車であることが窺えます。
車体のつくりは、同じ時期、アルナで作られていた電車に共通の雰囲気ですが、側面に逆T字窓を採用したのは、たしかこれがいちばん最初で、このあたりはバスの影響があったのかと邪推するところです。
冷房器は、路面電車に多い三菱CU-77等ではなく、東芝のRPU-2212C(9500kcal/h)で、一両に2台を搭載しています。ただし機器箱を屋上に搭載している点は同じで、床下機器スペースの少ない路面電車系車両の特徴であります。

下回りに目を転じると、制御器は電動カム軸式・自動加速の東洋ES536-C、主電動機は東洋TDK-534A(45kw)・吊り掛け駆動に統一されています。台車は後年、新造品に交換され、軸梁式の川崎KW-177およびKW-178となっています。

西鉄北九州線は、路面電車としては距離が長く、高速性能も要求されていたもので、筑電でも遺憾なく発揮している・・・のではありますが、高速域に入ると揺れが激しく感じます。
全線16kmを33分で走り、表定速度は29.0km/h。ちなみに地下鉄銀座線が14.3kmを32分で走り26.8km/h、名鉄瀬戸線の普通が全長20.6kmを38分で走り32.5km/hですから、普通の高床式電車を使う路線と特に差はないことが解ります。

北九州市が長期凋落傾向にあるためなのか、筑豊電鉄も行く度に減便が続いているのが少々心配ですね。
まえは、日中でも3車体連節車が直方まで10分を切る間隔で走っていたのですが・・・。
筑豊電気鉄道 3000形_e0030537_1242428.jpg
・扉の上に運賃表示器があるのは少々特徴的で、最近ではバスでも殆ど見なくなった幕式を使用。運賃箱も、これまた近年はバスでも見かけなくなったシンプルな箱タイプのものを設置しているため、両替は車掌が車内を巡回しているときに申告する。
by hiro_hrkz | 2013-06-03 01:31 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
熊本市交通局 1204、5014
熊本市電の色というと、超低床電車や新型車を除けば
1982年に登場した8201形に準じたこんな塗装が標準となっています。

しかし、過去には、こういう色に塗られた車両もありました。
熊本市交通局 1204、5014_e0030537_2342786.jpg
・熊本市交通局 1204 1998年9月 水道町

白と緑の塗り分けに赤の帯・・・なにやら同じ交通局のリフト付きバスを連想させますが、
数両がこの塗装になっていた模様。連節車の5014、5015に塗られたものが比較的知られていると思います。
熊本市交通局 1204、5014_e0030537_173136100.jpg
・熊本市交通局 5014 1998年9月 通町筋~市役所前

※2013年1月19日 5014の画像を追加しました。
by hiro_hrkz | 2013-01-18 23:51 | 路面電車・低床電車 | Comments(2)
呉市電(その2)
呉市電の保存車については、いまは撤去された2001について取り上げたことがありますが
今回は、これと入れ替わりに保存された車両について記したいとおもいます。

1967年に廃線になった呉市電の車両は、中型のボギー車でワンマン化されていた車両も多かったことからその多くが譲渡されました。このうち、瀬戸内を挟んだ反対側にある愛媛県の伊予鉄道に譲渡されたのが1000形1001~1003。
1959年にナニワ工機で製造された車両で、側面にリブの入った軽量車体が特徴的です。
伊予鉄道にも、ほぼ同じ車体の50形62~64が在籍していたため、50形に編入され、一方で番号は変えずに使用されていました。
呉市電(その2)_e0030537_221711100.jpg
・伊予鉄道 モハ1001 2003年8月 松山市駅前

呉時代の画像と比べると、前照灯および尾灯の位置が変わり、伊予鉄の標準的な配置となっています。
また、1982~83年に冷房化改造を受けています。
この車両の自重は、ほぼ同じ全長の在来車に比べ4tほど軽い11.6t。全長は11240mmなので、ほぼ車体長1mで1tということになります。
かように軽い車体に対し、冷房機器を載せて1.3tほど重くなったのですが、それが祟ったのか、車齢がより老いた50形初期グループを差し置いて2002~2004年に廃車。そして、トップナンバーの1001が呉に戻されて、市内の呉ポートピアに保存されました。
呉市電(その2)_e0030537_223127.jpg
呉市電(その2)_e0030537_22311780.jpg
・呉市交通局 1001(保存) 2012年8月 呉ポートピア

保存にあたっては、塗装のほか、前照灯および尾灯の位置を呉時代に戻しています。
これだけで随分の印象が変わるものですね。
そのほかは、伊予鉄道時代のままですが、交通局章のとりつけや方向幕の変更が行われており、これらは、先に書いた2001の部品がつかわれているのかもしれません。

その2001と見比べてみると、この2形式は塗装(2000はワンマンカーであるため水色と黄色の塗りわけだった)以外にも、いろいろと差があることがわかります。
外観では、側面方向幕の位置、前面両脇の窓形状、尾灯の形状と位置といった点があげられます。
一方、機器類では、2000は集電装置がビューゲルなのに対し、1000は呉市電では唯一のZパンタ搭載車。下回りに目を向ければ、1000はペデスタル式の軸箱支持にマクラバネにコイルバネを用いる、ごくありふれたNK-21に対して、2000はエアサスでエコノミカル台車系の軸箱支持のNK-52。
主電動機は1000が50.0kw×2に対し、2000は在来車に近い38.0kw×2にパワーダウンといった具合に、新機軸が継続採用とならなかったところも見られます。

なお、現在、1001の車内には、
呉市電(その2)_e0030537_2236582.jpg

業務用の据付クーラーがデーンと居座っています。
これがないと暑苦しいでしょうね。
by hiro_hrkz | 2012-10-05 22:49 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
大分交通別大線 501、506
大分駅前を起点に大分市内から別府の海岸部を通り亀川との間を結んでいた別大線。
日本の路面電車では珍しく、間接制御の電車を使用して連結運転が常時行われていたことが特筆されます。
廃線は1972年4月、赤字と国道の拡幅を理由としたものでした。

廃線後、沿線に3両の電車が保存されましたが、これは、いずれも戦後に製造された500形でした。
別大線は、1954年に日立製作所で、ノーシル・ノーヘッダー、スタンディウィンドウの300形を登場させますが、これを基に扉配置を前後扉から前中扉に変更したのが500形で1956、1958、1959年に合計7両が東洋電機・東洋工機で製造されています。なお、後継は連節車の1000と、2両永久固定式の連結車である1100となっています。

これら保存車を見に行ったのは、1995年の夏のこと。日豊本線を北から順に尋ねていったのですが、亀川の保存車は、すでに解体されており、残っていたのは西大分と大分の2両となっていました。

西大分駅前に保存されていたのはトップナンバーの501。
しかし、状態は、あまりよくありませんでした。
大分交通別大線 501、506_e0030537_1610186.jpg
大分交通別大線 501、506_e0030537_1610225.jpg
・大分交通別大線501 1995年8月 西大分公園(大分県大分市)

前面は、窓下にも窓上にもライトがありますが、ヘッドライトは窓下のほう。これは外付け式であったのが特徴です。一方、窓上にあるのは、続行標識用(黄色)で、連結運転を常時行う当線らしい仕様だと思います。また、方向幕とともに種別幕(前面向かって右側の窓上)が設けられていますが、「普通」以外表示されることはあったのかどうか・・・。
大分交通別大線 501、506_e0030537_1621158.jpg
一方、台車は東洋工機製のTK201で、軸箱の支持方式が、いわゆるアルストーム式であったのが特徴でした。
ちなみに主電動機は50馬力(38kw 端子電圧500V)×2だったので日本の路面電車としては標準的といえましょう。
この501は、2004年に解体されたそうです。

一方、大分駅に程近い若草公園には1959年製造の506が保存されていました。
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・大分交通別大線506 1995年8月 若草公園(大分県大分市)

こちらも501とたいして変らないような状態で、外付け式のヘッドライトはなく、また方向幕等も埋められています。また、側面には広島電鉄の550や2000などと同様に電照式の広告があったのが特徴なのですが、これも埋められており、出っ張りがあるので解る程度となっています。
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台車は近畿車両製のKD202で、軸箱支持方式は一般的なペデスタル式になっています。これは、別大線廃止後唯一の譲渡車である505、507→岡山電気軌道3501、3502も同じであるため、現在でも同社の7201、7202で見ることができます。

この506は、1996年に、市内東部にある佐野植物公園に移転して再整備されました。
窓の構造が変わるなど原形は失われましたが、比較的状態は良いようです。
ただ、公共交通でアプローチできない場所ゆえ、筆者は未見です。
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・仏崎離合所附近の現在の風景。マラソンでも有名な別府・大分間は、海と山が直に接する地形で廃線の要因にもなった。が、いまや国道10号線は海を埋め立てて上下6車線となり、旧道は、このように通る車もなくひっそりとしている。なお、中央に見えるのが仏崎で、1961年に電車が土砂に埋まり多数の犠牲者が出た場所でもある。 2012年5月
by hiro_hrkz | 2012-05-05 16:53 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
京福電気鉄道嵐山線 モボ625
先日、所要で関西に行った際、ふと西院駅で線路を見てしまったのが、ことのはじまり。
久しぶりに、嵐電に乗ってみました。
しかし、今や殆どは、こういうカタチの電車なのですね。
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・京福電気鉄道嵐山線 モボ625 2012年1月 西院

この現代の嵐電形は、1990年にモボ121形の機器を流用してモボ621形が製造されたのがはじまり。
以降、機器流用車のモボ611~616、モボ621~625、モボ631~633と、完全な新造車であるモボ2001~2002のあわせて16両が製造されています。画像のモボ625は1996年製。

製造後の変化もいろいろあるようですが、この車輌は種車譲りのU型イコライザを持つ川崎車輌製BWE-12台車を履いています。そして、制御器は芝浦製作所製のRPC-50を取り付けています。
京福電気鉄道嵐山線 モボ625_e0030537_012091.jpg
米国ゼネラルエレクトリック社(GE)製の電空カム軸式制御器であるPCを、技術提携していた芝浦がライセンス生産したもの(こういった芝浦のライセンス品は元の形式の頭に「R」がつきます)。
これらシリーズの中で1500V用がRPC-101。これは国鉄に採用されてCS-1となり、そしてCS-5という旧型国電を代表する制御器へと発展するわけです。

GE~芝浦系のPC(RPC)制御器を使用した民営事業者というのは、阪急、阪神、南海、宇治川電気(山陽)と関西に多く存在します。嵐電・・・当時の京都電燈もその一派といえますが、この時代の路面電車的な路線で間接自動制御を採用したのはちょっと珍しいでしょう。ちなみに関東だと、沿線に事業所があったよしみなのか鶴見臨港鉄道が採用したほかは、京成が20形で、そして武蔵野鉄道が電化初期に採用していたくらい。
この傾向は、芝浦が東芝になった現在も、大きく変っていないようにも思います。

このように、日本の電車史において重要な制御器を現在も使用している、貴重な事例であるわけですが、モボ611形の中には近年、制御器を三菱製の単位スイッチ式に置き換えたものもあり、保守には苦労しているのかもしれません。
なお、関西だと、阪堺電軌には、PCの一つ前のGE製制御器である電磁単位接触器式のMおよびその流れを汲む芝浦RMKが残っていますね。
by hiro_hrkz | 2012-01-17 00:21 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
花電車
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基本的に速報性はゼロの拙サイト・拙ブログですが、撮影してきたので掲載する次第。
ちなみに、こんなタイトルですが、アブナイ方向の話題はありませんので、あしからず・・・
(しかし、検索すると某wikipediaの、そっちのほうが先に引っかかったりするのはなあ・・・)。

東京都交通局が1911年に東京市電気局として成立してから100周年を迎え
それを記念した花電車を走らせることとなりました。
個人的に、花電車を見たのは21年前に長崎で一度だけ。
ということで、混雑が予想されましたが、出かけることにしました。
花電車_e0030537_0575410.jpg
しかし、予想に違わず、とにかくどこへ行っても人、人、人。
とくに飛鳥山では折りしも区民祭が行われていることもあって、歩道橋が落ちんばかりの人の山となり、
歩道に押しかけた人の数もまた強烈でした。

一般に運行される電車の混雑もなかなかのもので、主要停留所では4台見送ってやっと乗れる状態。
今日だけは、路面電車全盛期の再来となったようです。
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ところで、沿線で見ていて感じたのは王子を境にした沿線の温度差。
商店街の存在という差もあるのでしょうが、三ノ輪や町屋では電車が通過するよるもかなり前から、踏み切りという踏み切りに沿線の人が押しかけており、関心の高さを感じました。一方で、豊島区内はそれほどでもなく・・・といったところでしょうか。
無論、花電車が通過した全てを見ているわけではないので、断定はできませんが。
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今月、あと4回(10日(月)、16日(日)、23日(日)、30日(日))走ります。
それにしても、ほんとうに東京は人の数が多い。
普段、ローカル私鉄しか撮影していない私には都会のイベントは向いてない・・・と、改めて感じました。
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・東京都交通局都電荒川線 花100 

1枚目 荒川区役所前~荒川一中前 
2、5枚目 飛鳥山
3枚目 荒川一中前
4枚目 鬼子母神~都電雑司が谷       いずれも2011年10月
by hiro_hrkz | 2011-10-02 01:19 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)