人気ブログランキング |

本サイト「創作鉄道資料館」では使わない画像を中心に
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
資料館本館
本サイト
創作鉄道資料館

特別企画
高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

※現在、コメントとトラックバックは管理者の承認後の掲載となっています。従って、書き込み後暫く時間がかかることを、ご承知ください。

※当ブログに対するご意見、ご要望などは
こちらから、お願いいたします。

なお、リンクフリーです。

※当サイト内の画像、文章等の無断転載を禁止します。

エキサイトブログ以外へのリンク
カテゴリ
以前の記事
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
最新のコメント
こんにちは。 石山坂本..
by 風旅記 at 17:07
>> 島々な人さん ご..
by hiro_hrkz at 23:43
どうもお久しぶりでござい..
by 島々な人 at 19:26
>>12号線さん あの..
by hiro_hrkz at 23:50
リアの造作も京阪独特のも..
by 12号線 at 15:39
>>島々な人さん ご無..
by hiro_hrkz at 22:43
どうもお久しぶりでござい..
by 島々な人 at 00:01
備北バスの日野レインボー..
by しんご at 14:52
>>ツカちゃんさん そ..
by hiro_hrkz at 00:09
こんばんは。 茨交のキ..
by ツカちゃん at 23:19
最新のトラックバック
西暦1906年 - 満鉄..
from ぱふぅ家のホームページ
「スキー(バス)シーズン..
from 常磐工場の業務報
「スキー(バス)シーズン..
from 常磐工場の業務報
「富士重5Eは好きですか..
from 常磐工場の業務報
「富士重ボディは好きです..
from 常磐工場の業務報
鉄コレ 名市交300形 ..
from 月刊えむわーくす
徳島市営バスと徳島駅前
from nishimino
時代はソーシャルネットワ..
from 生活のキーワード
紹介>花巻電鉄・仙北鉄道..
from 鉄道のある風景weblog
筑波鉄道の車両
from ★ どうでもいいもの大集合 ★
フォロー中のブログ
外部リンク
検索
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:鉄道(電機、貨電、貨車)( 55 )
小田急電鉄 デキ1010形ED1012
小田急が貨物輸送を止め、さらには工事輸送用の機関車がなくなったあとも、どういうわけか海老名の車庫の南端に1両の電機が置いてありました。電車からよく見える位置だったので、ご存じの方も多いと思います。
e0030537_01293591.jpg
e0030537_01294072.jpg
・小田急電鉄 ED1012 1999年10月 海老名

1927年の小田急開業時に川崎造船で製造されたED1010形1012号機です。
製造時は1、2。大東急成立時に、もと小田急車=1000番台の法則に従ってデキ1010形1011・1012となり、戦後の独立時にデキをED(車番のみ)に変えました。

 自重は41t。同社初の電機である庄川水力電気の4両の流れを汲む、箱型に近い機械室に前後の小さなボンネットがある形態となっています。同型が武蔵野鉄道(デキカ21~22=西武鉄道E21~22)、上田温泉電鉄(デロ301、のちの名古屋鉄道デキ501→岳南鉄道ED501)に存在したことで知られます。
 主電動機は、川崎K7-1503-B(端子電圧750V 111.9kw)×4。西武E21と戦後、出力に関する諸元が異なったのは、架線電圧の違い(小田急、上田=1500V、武蔵野=1200V)から、端子電圧の異なる主電動機を搭載したゆえでしょう。武蔵野は端子電圧600VのK7-1903で出力は同じ111.9kw。これが、戦後の1500V昇圧で端子電圧750V、約140kwになったわけです。

 廃車は1984年。撮影時は、それから15年が経過していたわけですが、荒れた様子もなく、また外観上の部品の欠損もありませんでした。同型の1011が向ヶ丘遊園に保存されていたを考えると、その理由がよくわからなかったのも事実。
しかし、2005年ごろまでには解体。1011も、やはり2005年の向ヶ丘遊園の閉園に伴い、解体されました。

by hiro_hrkz | 2016-02-21 02:35 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(2)
京阪電気鉄道大津線 122
私がまだ小学生低学年だったころの話。
近所の図書館には、鉄道の本が幾つかあったのですが、その中に交友社の「私鉄電車のアルバム」・・それも1A、1Bとなぜか別冊A、別冊Bが置かれていました。ご存じの方も多いかと思いますが、別冊Aは荷電・貨電、別冊Bは電機という実に目の毒(!)なものが沢山のっている2冊で、私が人生を踏み外すきっかけの一つとなりました(苦笑)。
・・・余談ですが、国鉄関係では、誠文堂新光社の「電気機関車ガイドブック」や「国鉄電車ガイドブック 旧性能車篇」なんてものが置いてあり、同様に買収電機だのクモ「ニ・エ・ル・ヤ」などに目を奪われた結果が・・・今思えば、実に人を惑わす図書館でした・・・。

その中で、関西の様々な旧型の貨物電車が非常に印象に残りました。しかし、その殆どは、私が関西に電車を見に行ける頃には廃車になり、残っていた車両もなかなか見られるところには無い・・結局、実物をみることができたのは、わずかにこれだけでした。
e0030537_00483289.jpg
・京阪電気鉄道大津線 122 1994年8月 近江神宮前(錦織車庫)

京阪電車の122です。
留置場所の関係で、手前には架線柱のワイヤーそして、乗務員乗降用のステップがあってスッキリしない写真となっていますが、いま思うと、こんな状態であっても、撮っておいてよかったなあ・・・と思うところです。

車歴は非常にややこしいものです。
 もとは1934年11月竣工の有蓋電動貨車で旧車番は2002。製造は自社の守口工場でした。なお、実際の製造は1933年で当初車番は2004であったとも書かれています。1945年7月に天満橋駅で空襲に遭い全焼、1946年に復旧。
 1955年にこの車両の機器と、1936年製造・1949年廃車の無蓋電動貨車 3012の台枠を組み合わせて、上の写真のようなスタイルに改造の上で本線から大津線に転属・・・最も、そのころは三条で線路が繋がっており、またポールとパンタグラフを共に装備していたので、両線を行き来していたそうですが。
 1959年に3022、1970年に122に改番され、1997年の大津線昇圧で廃車になりました。

なお、2002と同型の2003は、3021→121と改番されて、1983年に京阪線が昇圧するまで守口工場の牽引車あるいは救援車として使用されました。ATSを装備するために車体の前後に張り出しを設ける改造が行われていました。
また3012と同型の3011は、103に改番されて、やはり1983年まで使用されました。1968年にクレーンの装備と、運転台の幅を狭める改造をうけています。

自重23.0t。最大寸法(長・幅・高)は14242×2378×3980mmで、「屋根付きの無蓋電動貨車」という非常に特徴あるスタイルになっています。柱が2本あるので、前後の運転室の部分と合わせて3っつに分割されていますが、それぞれの天井にはホイストが取り付けらています。運転室の幅が狭いことを含め、レールの運搬等に対応したものだったのでしょう。

台車はブリル27E-1 主電動機は東洋9C(出力45kw)を4台装備している点は、大津線急行の主力車だった260形と同じ。廃車後には、アメリカのトロリーミュージアムに譲渡されています。
制御器は260形・350形などと同じく電空カム軸式の日立PRから、自社製の電動カム軸式に交換されており、この車両はEC-100なるものを搭載していました。詳細は不明です。


この車両、京津線に配置されていたこともあり、「私鉄電車のアルバム」では別冊Aではなく、2Bのインタアーバンの項に載っています。ご注意を。

・参考文献
同志社大学鉄道同好会「私鉄車両めぐり(48)京阪電気鉄道」 鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション25に収録
by hiro_hrkz | 2015-10-22 01:58 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
富山地方鉄道 デキ12021
今年4月に富山地方鉄道に乗った際に、稲荷町でデキの姿が見えないなあ・・・と思っていたら本線側の建屋の前に、随分と綺麗な状態で置かれていました。
e0030537_18114557.jpg
・富山地方鉄道 デキ12021 2015年4月 稲荷町

 いつも使い込まれた状態でしたので、下回りを含めて塗装がバッチリ決まった状態なのは新鮮でした。
それにしても、ピンク色とグレーという組み合わせは、富山地鉄のどの車両とも異なる不思議な色使いですね。
e0030537_18115714.jpg
e0030537_18120712.jpg
1958年東芝製。もともとは黒四ダム建設用として製造されたもので、当初は関西電力の保有でした。
7年前に製造された松尾鉱業 ED251から更に丸みを強めたボディー・・・特に、キャブ、ボンネット共に、前面が傾斜している点が印象に残ります。

 一方、機械の面に目を転じれば、主電動機は90kw×4で、非自動電空単位スイッチ式の制御器を備える点は、比較的ありふれた私鉄電機のスペックですが、ブレーキは電気制動つきとなっています。最大寸法(長・幅・高)は11000×2736×4070mmで、自重は30.0t。大きさがほぼ同じ東芝戦時型のデキ14730に比べると10tあまり軽いことになります。 
e0030537_18115234.jpg
しかし、特徴的なのは、この台車 TT-53でしょう。
車体より下に突き出した梁の上に台車の心皿を置く構造となっており、
また軸箱の支持はSミンデン式と同等の構造となっています・・・ちなみにSミンデン台車が登場するのは、これより5~7年くらいあとのこと。
e0030537_18133399.jpg
・富山地方鉄道 デキ12021 1993年3月 稲荷町

25年以上のキャリアのあるNゲージファンには、かつてマイクロエースがこれをプロトタイプとした3軸機を出していたことで知られているかもしれません。私がはじめて買った電機の模型というのが、実はそれでして、思い出のある車両でもあります・・・いろんな事業者の社紋のデカールが附属していたのを思い出します。

by hiro_hrkz | 2015-07-13 00:01 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
名古屋鉄道 デキ603・604
大手私鉄の事業用車両というのは、神出鬼没でなかなか撮影できないもの。
最近は、モーターカーなど保線機械への代替が進んだこともありその絶対数が極端に減りましたが、
今でも維持しているのが名鉄です。

この2両を見たときも偶然で、金山で「ムーンライトながら」を降りて名鉄に乗り換えると目の前に止まっていたのが603でした。
e0030537_1882345.jpg
・名古屋鉄道 デキ603 2000年9月 金山

これはすぐに神宮前方面に発車して行ったのですが、続いて逆に神宮前方面から604が到着。
条件は悪いながらもなんとか撮影しました。深夜作業を終えて、大江へ戻る途中だったのでしょうか。
e0030537_18103293.jpg
e0030537_18111432.jpg
・名古屋鉄道 デキ604 2000年9月 金山

名鉄デキ600は東芝戦時型40t機のひとつ。
その中でも、603と604は海南島にある日本窒素の鉄鉱山向けに製造されたものの、制海権喪失により鉱石の輸送不能→鉱山の操業が停止したため、注文流れになったものです。そのような経緯があり、東芝戦時型の車体幅は2800mm以上で、地方鉄道の車両限界を超過しており、名鉄では入線できる路線に制限があります。

1992年に大規模修繕が行われ、外見では車体の塗装が変更となったほか、尾灯・前照灯の変更や、窓枠のアルミサッシ化、またキャブ前面のうち片方の窓が開閉可能に改造されています。キャブ内部は計器類が更新される一方、マスコンはオリジナルのままのようです。
 一方で、他社では乗り心地改善のために履き替えられた台車は原型の板台枠のままコロ軸受け化、主電動機はSE130(110kw)×4で、名鉄の電機の中では最大の出力をほこります。

名鉄は、2014年度の投資計画で電機2両の製造を発表しています。
名鉄の機関車の中では最も製造年が新しいデキ600形ですが、今後の動向が気になるところです。
・・・それまでに他の機関車を含めて撮影できる機会があるのかどうか・・・。
by hiro_hrkz | 2015-01-11 18:40 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
松尾鉱業 ED251
かつて、岩手県は国鉄花輪線の大更駅より東八幡平まで敷設されていたのが松尾鉱業鉄道。
硫黄の運搬を目的に敷設された・・・というのは、いうまでもない話かもしれません。
非電化の国鉄ローカル線の途中から分岐する電化された鉱山鉄道というのは、なかなか魅力的なシチュエーションだと思います。
硫黄鉱山の需要が無くなったため松尾鉱業は倒産・閉山し、1972年に廃線となっています・・・雲上の楽園と呼ばれた鉱山町のその後などは、廃墟方面でいろいろ取り上げられていますね。

松尾鉱業鉄道というと、晩年は阪和電鉄の買収国電払下げ車が在籍し、国鉄直通のキハ52を牽引して走ったことで知られますが、これが1968年に入線するまでは、旅客列車も電機が牽引する客車列車でした。
電気機関車は4両。うち2両は現在も秩父鉄道に譲渡されて使用されている箱型電機。残り2両は、凸型の入れ替え機で、このうちの1両が、東八幡平駅跡近くの松尾歴史民俗資料館に保存されています。
e0030537_23414584.jpg
・松尾鉱業 ED251(保存) 1994年7月  松尾歴史民俗資料館

1951年東芝製で、同じ年につくられた東濃鉄道のED1001が兄弟機といえます。
最大寸法の長さ10050mm×幅2600mmや台車中心間距離4750mmは完全に同一、キャブの高さは東鉄の方がトンネルの為に若干低くなっています(ただし、諸元で見ると、最大高は東鉄のほうが高い)。重さはMGを搭載している松尾が27tなのに対し、それが無い東鉄が29tと重いのは意外なところ。Rが多いボンネットやキャブは、後に富山地鉄デキ12020や南海ED5201に引き継がれているとも考えられますね。

下回りは主電動機出力が若干異なりますが(松尾:東芝SE-170 60.0kw、東鉄:SE-170C 67.1kw)、台車は国鉄の電車用DT16に近似のTT-51で同じとなっています。その他は機器構成が若干異なっているようです。

20年前の画像ですが、色あせた程度で、現在もあまり変わっていないようです。
ところで、松尾鉱業の機関車の色はコバルトブルー。この色だった時代はいつごろなのでしょうか?
by hiro_hrkz | 2014-09-23 00:01 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
豊橋鉄道渥美線 デキ451
豊橋鉄道渥美線の貨物列車は、1984年2月まで健在で5両の電機を保有していたことは、
以前デキ211の記事内で触れました。貨物の廃止後、211以外は廃車となり、順次解体されていったのですが、このデキ451はしばらくの間、高師駅構内に放置されていました。
e0030537_23361654.jpg
・豊橋鉄道渥美線 デキ451 1990年8月 高師

部品は剥がれ、下回りが見えなくなるほどのガラクタが周囲にあるなど、酷い状況ではありましたが、
それでも40t級・主電動機出力100kw×4の箱型電機の堂々とした風貌は失われていませんでした。

この車両、もとは田口鉄道が発注したデキ53で、1929年、日本車輛(車体)・東洋電機(電機)製。
鳳来寺鉄道(のちの国鉄飯田線)本長篠から分岐し三河田口に至る同線は、宮内庁が出資し、御用林から木材の輸送を目的に敷設されたこともあり、このような堂々とした機関車を保有することになりました。
田口鉄道の実質的な親会社である豊川鉄道が、2年前の1927年にやはり日車・東洋で製造したデキ52とはデッキの有無を除けば、ほぼ同じで、台車や主要機器類のほかにも、前面窓下に砂箱が取り付けられた部分などの共通点が見られます。
豊川と、その傍系というべき田口・鳳来寺の3社は共通の車両を保有し、共通運用をしていたことで知られますが、この車両も、その一環であったわけです(電車の制御器等も基本的にデッカー・東洋で統一)。

豊川・鳳来寺が1943年に国に戦時買収された後、1952年以降、社線内でのみ運用。
1956年に田口鉄道が豊橋鉄道に吸収されたあと、1965年に架線電圧600V対応の改造の上で渥美線に転属しています。
その後、1968年11月の大改番で自重を基準にする形式に変更され、デキ450形451になりました。
前面のシールドビーム2灯化は1970年。このような無骨な電機にはアンバランスに感じるところですが、豊橋鉄道の電車で特徴的だったヘッドライト形状が、電機に対しても進められていたことがわかります。

これを撮影したのは、高師駅の本線と車庫を挟んで反対側の貨物側線の跡地。
倉庫が並び、また600V時代は電車も留置されていましたが、今は駐車場となり、景色は一変しています。
by hiro_hrkz | 2014-04-22 00:07 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
弘南鉄道大鰐線 キ105
私鉄の雪掻車については、新潟交通電車線のキ116津軽鉄道のキ101を、とりあげたことがありますが、
本日は、こちらを取り上げたいと思います。
e0030537_2354631.jpg
e0030537_23541718.jpg
e0030537_23542929.jpg
・弘南鉄道大鰐線 キ105 1999年5月 津軽大沢

弘南鉄道大鰐線の雪掻車、キ105です。
これも、もとは国鉄のキ100形ですが、前記2社のものより若干新しく、1937年苗穂工場製。
新潟交通のものとは、前頭部の形状に違いが見られます。
原型は、TOMIXの香港貨車でおなじみの、前方に三角形に尖った操作室になっていました。
機関車側妻面の通常窓が設けられているところに、大きな張り出しがありますが、これはく手ブレーキのカバーでしょうか。

旧車番はキ157で、弘南鉄道で入籍するのは1975年2月のこと。先に弘南線に入線していたキ104の続番ということで、この番号になりました。必ず、ED22 1とペアを組んでいます。
by hiro_hrkz | 2014-01-21 00:16 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
三岐鉄道 ED45 3
三岐鉄道の本線用機関車といえば、全て箱型デッキつきの45t機で統一されています。
それは、いちばん最初に入線した東洋電機・東洋工機製の箱型機のスペックを引き継いでいるからともいえましょう。
e0030537_22363532.jpg
・三岐鉄道 ED45 3 1999年3月 保々

1954年に製造されたもので、東洋独特の丸みの多い車体でも、
裾にRがついているのは、初期に製造されたものとなります。
右側運転台であるため、運転席の庇が通常と逆の窓についているのが何よりの特徴。

台車は、原形は板台枠のゴツいものを履いていましたが、1980年代に東武鉄道ED5010の廃車発生品である日立DTH57に変えられています。
主電動機は、国鉄63系電車・80系電車などで使われたMT-40(端子電圧750V 142kw)で、これも三岐の標準。もっとも、私鉄ではよくある装備ですね。
by hiro_hrkz | 2013-07-19 22:32 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)
上田交通 ED251
ということで、今月の表紙の車両が本日のお題。
日本鉄道自動車製の凸型4軸電機は実例が少ないのですが、
大きめの窓と小柄な寸法で、模型(16番)の世界では、それなりに知られた存在だと思います。
そのなかでも最初に製造され、後の車両の標準になるのが、この車両です。
e0030537_23293125.jpg
・上田交通ED251(保存) 1995年3月 長野県小県郡丸子町・工業百年記念公園  

上田交通ED251、もとは宇部電気鉄道(現在のJR小野田線の一部)のデキ11で1937年製です。
宇部電鉄は宇部鉄道と合併後、1943年に戦時買収され、この車両も国有鉄道のものとなります。
旧・宇部電鉄区間は直流600V電化でしたが、度重なる路線変更の後、1951年3月に1500Vに昇圧
その際に、同型機(富岩鉄道ロコ2→国鉄ED26 1)が存在し直流600V電化の富山港線に転出しています。
1952年の戦時買収電機の一斉改番で漸く、国鉄形式のED25 1となりました。
e0030537_23403978.jpg
宇部時代の諸元はよく解らないのですが、自重は25t。
台車は、もとは他の日鉄自型凸電と同じく、板台枠のものを穿いていましたが、富山港線時代に、もと伊那電気鉄道デハ201のブリルと交換されています。
また、パンタグラフもPS-13に交換されました。
e0030537_23452929.jpg
1960年に廃車になったあとは、上田丸子電鉄(のちの上田交通)に譲渡されます。
3路線で唯一電機があった丸子線に投入され貨物牽引で使用されましたが、1969年の廃線後は別所線に転属。その後は工事列車等で若干使われる程度となり、1986年10月の別所線昇圧で廃車になりました。その後暫くして丸子町内の公園に保存され現在に至っています。

国鉄時代は、キャブの妻面の窓間にナンバープレートがあったのですが、これは上田入線後にはなくなっています。また、側面は窓下にナンバープレートがあり、これは上田に譲渡後、廃車まで変わらなかったのですが、保存後はペンキ書きとなってます。
パンタグラフは、別所線転属後に、再度交換されています。
なお、テールランプの数が、片エンドは1灯、もう一方は2灯となっていますが、これは丸子線時代からそのような配置になっていた模様。

丸子での保存状態は良好なようです。
ただ、案内板の記述内容が、先述の国鉄ED26 1と一部混同した内容になっているのが残念なところです。
e0030537_23552488.jpg
・旧 丸子駅前。 この道は「駅前通り」のままだった。1995年3月。
by hiro_hrkz | 2013-01-02 23:57 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(2)
松本電気鉄道上高地線 ED301
e0030537_043115.jpg
大正末期に電化した私鉄の多くは電気機関車を揃えるわけですが、当時は基本的に舶来品の時代。
日本の電気車は、技術的に大半がウェスチングハウス(W.H)、ゼネラルエレクトリック(G.E)、イングリッシュエレクトリック(E.E)の3系統に属するわけですが、私鉄の舶来電機にだけ注目すると、その多くはW.H製(機械・車体はボールドウィン製)となります。日車製のコピー機もあり、今でも残っているものが幾つかあるのは嬉しい限りです。

この中で、1926年に2両、1927年に1両の計3両を導入したのが、現在のJR大糸線松本~信濃大町にあたる信濃鉄道。国鉄買収後、私鉄に払い下げられ、いずれも遅くまで使われました。
そのうち、1927年製の信濃鉄道3→国鉄ED223は、1956年に西武鉄道に譲渡されてA1、さらに1960年に松本電鉄に譲渡されてED301となります。1987年の昇圧も乗り越え、2005年に廃車になるまで奇しくも、信濃鉄道の隣の鉄道路線でもっとも長い45年の間、籍を置くことになります。
e0030537_026317.jpg
e0030537_026452.jpg
さて、この車両。遅くまで残った車両ですからカラーの画像も沢山残されています。
しかし、出てくるのは昇圧前のピンク色のときと、最晩年の茶色のときのものが多数。
その間は、今日取り上げる画像のようにネイビーブルーとなっていました。
時期的に考えると、5000系電車で使っていた塗料と同じではないかと推測されますが、落ち着きのある、いい色だったと思います。
ちなみに、乗務員扉は鋼製で窓枠がアルミサッシのものに替えられており、これがアクセントとなっていますね。また、スノウプラウの存在が、印象を引き締まったものにしていると感じます。
e0030537_0332753.jpg
こちらは台車周りの写真。
そういえば、電車に書かれた略称はMERでしたね。
で、バスのほうは、なぜかMRC・・・・これもアルピコ化で消えていったわけですが。
e0030537_036256.jpg
銘板の画像も。
こちらを見ると、1926という文字が見えますね。
入籍が1927年1月ということなので、製造は1926年中ということになります。

・いずれも1996年3月 新村
by hiro_hrkz | 2012-09-22 00:43 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)