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カテゴリ:バス(富士重工)( 169 )
川中島バス 日野U-HT2MLAA・U-HT2MMAA +富士7E
 このブログをはじめた2005年の夏に増加する遠鉄出身車というタイトルで、もと遠州鉄道の日野HT+富士7Eを取り上げています。それまで、貸切や中型車に限られていた遠鉄からの移籍車が大型の一般路線車からも出てきたのがこの頃だったわけです。結局のところ、芸陽バスは1台で終わり、越後交通グループでは他の車種はいろいろ入りましたがHT+7Eはやはり1台で終わりました。そのかわりに、多数を導入した事業者の一つが長野の川中島バスでした。同社は、それまでに中型車が移籍していたので、その流れだったのでしょう。車齢14年での移籍でした。
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・川中島バス 日野U-HT2MLAA +富士7E 2007年9月 長野駅前
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・川中島バス 日野U-HT2MLAA +富士7E 2007年9月 長野バスターミナル
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・川中島バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2007年9月 長野駅前

 川バスには2006~2007年に、合計9台?が移籍しています。軸距が4.8mのHT2MLAAが多数ながらも、2台は軸距5.3mのHT2MMAAとなりました。遠鉄では後部に行先表示がなかったため移籍に際して新設しています。それ以外は外観には大きく手を加えられていません。使用地域を考えれば、暖房の増強などは行われていたと思いますが。窓回りを黒く塗装していますが、1991年導入車とそれ以外では前扉附近の処理が異なっていました。
 もとからの中乗り前降りである点は川バスと共通していて使いやすかったでしょう。またグレードの高い内装ゆえ、導入当初は比較的距離のある松代方面の路線に充当されていることが多かったように記憶しています。

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by hiro_hrkz | 2018-07-17 01:02 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
湖国バスの富士8E(その2)
近江鉄道(湖国バス)の富士8E架装車は5年ほど前に取り上げましたが、
今回はワンステップ車を中心に記してゆきたいと思います。
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・湖国バス 日デKC-RM211GAN +富士8E 2013年7月  マキノ駅(滋賀県高島市)

まずはツーステップ車の滋賀22き620(1996年12月製)から。
前回とりあげた滋賀22き591(KC-RM211EAN)を伸ばしたような仕様です。従って2段窓ながら窓ガラスがブルーペンという特徴あるものに。
(旧)マキノ町のコミュニティバス「マキノタウンバス」で使われていました。
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・湖国バス 日デKK-RM252GAN +富士8E 2011年8月 河瀬駅(滋賀県彦根市)

続いて平成10年排ガス規制の車両を2つ。
前回とりあげた近江鉄道本体の滋賀200か91(2000年10月製)はツーステップ車でしたが、湖国の滋賀200か151(2001年9月製)はワンステップ車になりました。
扉配置は前中引戸、色付きガラスは取りやめとなり、一気にノーマルな車両になった感があります。
さて、この車両は富士8Eのマイナーチェンジ前後の端境期に落成したため少々特異な点がありますが、これについては拙サイトの記事を参照願います。
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・湖国バス 日デKK-RM252GAN +富士8E 2011年5月 滋賀県長浜市

一方、2002年7月に製造されたのが滋賀200か200。左側面後部のエアインテークの位置で解るように、こちらは完全にマイナーチェンジ後の車体となりました。
仕様の面では151とほとんど差はなくせいぜいバックミラーの形状くらいではないかと思います。
この車両が近江・湖国で最後の富士8Eとなりました。

それにしても近江・湖国オリジナルのKC-/KK-RM+8Eは特徴ある車両ばかりなのですが、KC-RM211EANのメトロ窓を除き、すべて1仕様につき1台のみで、追いかけるほうにとっては、うれしいやら辛いやら・・・といったところです。


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by hiro_hrkz | 2018-05-12 00:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
富士7E 30周年
富士重工7Eが誕生してから30年となりました。
いまでも、7Eというのは新しいイメージなのですが、それだけ自分も年を取ったということなのでしょう。

さて、10年前には富士7E 20周年ということで量産先行車である東京都交通局の日デP-UA33Kと、もとサンプルカーの宮城交通P-U33Kを取り上げていますが、今回は、その都営P-UA33Kのその後を記してみたいと思います。

都営のP-UA33Kは1987年度後期導入車として、1988年初頭に15台が製造され江東営業所に配置されました。
車両のレベルを上げバス停なども一新した都市新バス用で、都04系統(東京駅丸の内南口~豊海水産埠頭)で使用されました。
廃車は1998年度でしたが、エアサス(初期の車両を除く)にハイバックシートという都市新バスの仕様は地方のバス事業者から人気が高く、とりわけ従来から設備のレベルが高い車両が多かった西日本の事業者への移籍事例が多数存在しました。
このP-UA33Kの移籍先はすべて西日本です。
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・広島バス 日デP-UA33K +富士7E 2002年8月 八丁堀(広島市中区)
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・サンデン交通 日デP-UA33K +富士7E 上:2005年8月 下:2002年8月 下関駅付近(山口県下関市)
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・佐賀市交通局 日デP-UA33K +富士7E 2001年9月 佐賀駅バスセンター

移籍先は、広島バス、サンデン交通、佐賀市交通局、熊本市交通局の4社局でした。各社局とも、当時都営から移籍車を積極的に導入していたところです。
このうち、熊本市交通局は1台のみで、廃車になるのも比較的早かったため、結局大雨の朝早くに一度見たきりで撮ることができませんでした。
残りのうち大所帯だったのは広島バスとサンデン交通。特に、サンデンは都市新バス仕様を多く導入しており、この後1988年度導入車のP-LV214K+富士7E(都05系統用)のほとんどが移籍することになります。

いずれの事業者も中乗り前降りなので、スピーカーの移設などの改造を受けており、サンデン交通は窓を入れ替えて中扉直前に方向幕を持ってきています。また日差しの強い西日本らしく、広島バスとサンデン交通はロール式カーテンを設置しています・・・佐賀市はどうだったのか記憶にありません。

さて、10年前の記事では、このようなことを書いていました。

 7EでもP-の車両は、車種によってはだいぶ数が少なくなってきました。
 消える直前で騒ぎ出すより、普段から撮影しておきたいものです。

そして今年、大都市圏では新7E架装車が相次いで各事業者から消滅し、そのたびに盛り上がりを見せたようです。
事業者によっては最後の運転を自ら告知するなど、過去では考えられない対応、そして沿線に集まったマニアの数も、やはり過去には考えられなかった数でした。
そうしたことに、隔世の感すら抱くのですが、一方でバス趣味が最近の鉄道趣味と同様に、どこかで提示されたものと同一方向でしか楽しめなくなっていのなら、なにか寂しさを感じます。そして、普段から記録しておくことの重要性は変わらないということを、改めて記しておきたいと思います。
 たとえば、新7Eが残り少ないといわれて何処かに出向いても、それしか目に入らないのは勿体ないと思います。新7Eの後ろに止まってた西工架装の日デRPが他所ではあまり見られない車両だったりするのですから。


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by hiro_hrkz | 2018-03-17 01:02 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
庄内交通の富士8E
庄内交通は、路線・貸切を問わず、富士重工を架装した車両を各種導入していました。
今回は、その中から富士8Eを架装した車両をとりあげてみたいと思います。

庄内交通が富士8Eを最初に導入したのは1991年のこと。
先ずは、トップドアのエアサス車が入りました。
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・庄内交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2005年5月 山形県鶴岡市

エアサス、ブルーペンのガラスに逆T字窓、リクライニングシート(?)装備という豪華な仕様のこのクルマ。
専ら鶴岡~庄内空港で使われていました。フロント窓下には立体的な社章つきで、これは当時の高速路線車等と同じ仕様です。庄内22あ228の1台が存在しました。
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・庄内交通 日デU-RM210GSN +富士8E 上:2000年10月 下:2005年5月 山形県鶴岡市

続いて1991~1993年に一般路線用が入ります。
こちらはリーフサス、2段窓で前中折戸という、当時の庄交の路線車の標準的な仕様となっています。
いちばん上のU-RM210GANとは製造時期の差は3か月ですが、この間にフォグランプの位置がヘッドライト下から内側に変化したことが解ります。運転席上の通風孔に覆いが取り付けられているのが少々特徴的な点で、これは同時期に導入されたU-LR332J+富士6Eも同じでした。
1991年12月製造の庄内22あ231、232、1993年2月製造の庄内22あ252?、253の4台が存在しました。

この次以降の車両は、平成6年排ガス規制適合(KC-)となります。
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・庄内交通 日デKC-RM211GSN +富士8E 2000年10月 山形県鶴岡市
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・庄内交通 日デKC-RM211GSN +富士8E 2005年5月 山形県鶴岡市

まずは日デのKC-RMから。この時期に限って庄内交通は扉の配置を前中折戸から前後折戸に変更しています。いかなる理由があったのか。リアから見るとKC-RMでありながらエンジン開口部の中桟が省略されています。
1996年2月製の庄内22あ319と1997年2月製造の庄内22あ338、339が存在しました

上の319は、登場時、鶴岡営業所所属車両の多くで採用されていたピンク色に鶴のマスコット「ルルとクク」が描かれたものでしたが、後年、338のように黄色一色の標準塗装に変更されました・・・338と339の登場時は調べてみましたが解りませんでした。
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・庄内交通 いすゞKC-LR333J +富士8E 2017年5月 山形県酒田市

一方こちらは、いすゞのKC-LR。仕様はKC-RMと殆ど変わりませが、「ISUZU」のエンブレムがついているので解りやすいですね・・・これがなければ前扉と前輪の間が狭いことで見分けることが可能です。
日デRM+8Eの殆どが鶴岡に配置されていたのに対し、こちらは酒田・平田に配置されたため、車体は黄色一色(現在の標準色よりも彩度が低い別物の模様)で、描かれるマスコットも白鳥の「スワン奈・スワン太」となっていました。
1996年2月、1997年2月、1998年2月にそれぞれ1台づつ、庄内22あ320、343、355の計3台が製造されました。
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・庄内交通 日デKC-RM211GSN +富士8E 2013年8月 山形県鶴岡市

1998年2月には日デKC-RMも1台、庄内22あ353が製造されています。
前後折戸であることは変わりませんが、前扉側だけがワンステップとなっている点が特徴です。
長いこと地元銀行の広告車になっていますが、おそらくはピンク色で残る最後の1台ではないかと思います。
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・庄内交通 日デKC-RM211GSN +富士8E 上:2000年10月 下:2017年5月 山形県鶴岡市

結局前側だけワンステップというのは無理があったのか、翌1999年2月に製造された庄内22あ370は、再び前中折戸に戻り、どちらの扉もワンステップとなりました。この車両。導入時は真っ白である携帯電話会社の広告車となっていましたが、その後、ライバルの携帯電話会社に広告主が代わり、地色がオレンジ色に変化しています。
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・庄内交通 日デKK-RM252GSN +富士8E 2017年5月 山形県酒田市

そして、平成11年排ガス規制(KK-)となり、2000年2月に導入されたのが庄内200か17。
庄内22あ370の仕様を引き継いでおり、コーナリングランプの設置、エアコン、タイヤハウスの形状等が変化するのはKC-RMからKK-RMの標準的な変化と変わりありません。塗装は白一色で各種キャラクターが描かれたものになりました。
この車両は、RM+8Eでありながら、鶴岡ではなく平田営業所の所属です。
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・庄内交通 日デKC-RN210CSN +富士8E 2013年8月 山形県鶴岡市

移籍車も2台ほど在籍しています。
先に入ったのはチョロQことKC-RN。もとは米沢市の80条バスで2台あったうち先に廃車になったほうが移籍しました。2008年頃だったと思います。庄交には西工架装のKK-RNは自社発注がありますが、KC-RNはこれが唯一の存在。車体は小型車に多く見られるオレンジ色となっています。
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・庄内交通 日デKC-RM211ESN +富士8E 2017年5月 山形県鶴岡市

そしてもう一台は、もとは西武バスのKC-RM211ESN。長さを詰めていないタイプです。
1997年11月製造。移籍の時期から類推するに、おそらくは西武観光バス秩父営業所で廃車となったA7-469ではないかと思われます。

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by hiro_hrkz | 2018-01-08 17:44 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
西肥自動車 三菱ふそうKC-MP617M +富士7E
全国のバス事業者を見ていると、何故ポツンと1台~数台だけ突然変異のように入った車両が存在する例が見られます。かつては、ある時だけ車体メーカーだけが違ったということも多かったと思います。
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・西肥自動車 三菱ふそうKC-MP617M +富士7E (上)2002年8月 (下)2013年5月 長崎県佐世保市

長崎県北部に路線を拡げる西肥バスは、富士重工のバスを比較的よく見る事業者ですがその車台は殆どが日デです。しかし、ただでさえ事例の少ない三菱ふそうへの架装例を、この組み合わせが最後となる1996年度になって1台だけ導入しました。西肥のふそう大型路線車は西工の架装例が多く、このときだけ何故この選択となったのは知る由もありません。ともあれ、バスマニアには注目される1台となりました。

仕様は当時の同社で一般的だった前中折戸+黒サッシの2段窓。サスペンションはエアサスです。
その点では、同時期に導入した日デ+7Eと特に差はありません。
上は2002年、下は2013年の撮影ですが、その間に行き先表示が方向幕からLEDになり、前面の種別表示受けと広告枠(・・佐世保ではおなじみの百貨店、玉屋のものが刺さってますね)が撤去されています。そのほか、社名の文字や車外スピーカーなどが変化していることがわかります。

それにしてもピカピカですね。
外板を剥がして徹底的に補修する西肥バスの技術が表れていると思います。

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by hiro_hrkz | 2017-11-10 23:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
阿寒バス 日デU-UA440LAN +富士7B
道東に路線を持つ阿寒バスは日野、ふそう、日デの3メーカーの車両を採用していましたが、この中で日デは数が少なく移籍車ばかり。とくに路線系シャーシのクルマは数えるほどしかありません。
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・阿寒バス 日デU-UA440LAN +富士7B 2003年9月 弟子屈(北海道川上郡弟子屈町)

このうちU-UA系は1990年9月製造の1台が移籍しましたが、車体は富士7Eではなく7Bでした。
もとは神奈川中央交通の契約輸送専用車です。神奈中の7BというとKC-UA521への架装例が有名ですが、U-UAはこれ1台のみ(他にU-LVが契約先?から移籍)。
このあたりの年式の神奈中の車両は、廃車時の車齢が市場に出回るクルマに比べてが高いこともあり、一時期的に国内への移籍例が少なくなっています。この車両は契約先の都合なのか12年程度で廃車になったため、移籍することができました。

サスペンションは当時の神奈中(の契約輸送用)としては珍しくエアサスであり、阿寒バスには適した車両だと思います。
移籍にあっては当然、乗合向けの改造をしていますが、前面の行き先表示は方向幕ではなく、ダッシュボードの左側面よりに板を差し込むさ電照式の小さなものが設けられました。

いまも変わらず摩周営業所(弟子屈)に配置されているようです。
余談ですが、富士7E架装の丹頂カラーを見てみたかったなあ・・と思います。
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・撮影当時の弟子屈にて。バスセンターとはありますが、既に閉鎖されていました。




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by hiro_hrkz | 2017-09-17 01:54 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
広島交通 日デP-UA33N・U-UA440NAN +富士7E
広島バスは、かつては日デとふそうの車両を導入し、その車体は西工でほぼ統一されていました。
しかし、昭和58年排ガス規制(P-)の途中から一時期的に日デのみを採用するようになります。
そして車体も、1989~1995年にかけて、富士重工7Eを架装した車両を導入しました。

まず、P-UA33Nを1988年度製10台(広島22く3135~3141、3186~3188 社番624~633)、1989年度製13台(3244~3248、3250、3317~3323 車番634~639、647~653)の合計23台導入します。
その後は排ガス規制が平成元年規制に変り、U-UA440NANを1990年12月製7台(広島22く3411~3417 社番654~660)、、1992年3月製7台(広島22く3655~3661 車番670~676)の合計14台導入します。
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・広島交通 日デP-UA33N +富士7E 2011年5月 八丁堀(広島市中区)
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

両車の間に特に大きな外観上の差はありません。
軸距5.55mのエアサスの標準床車で前中引戸・メトロ窓装備。
そして、エアコンはこの時期では珍しくなっていたサブエンジン方式です。
これらは当時の広島交通の標準仕様でしたが、結果的に富士7Eの架装車として非常に特色あるものになりました。
特に冷房方式は、乗合用としては他には琉球バスと八丈町を思い出す程度です。

車内にずらりと並んだ2人がけハイバックシートは、郊外の団地と広島都心部をかっ飛ばしていた輸送形態に適したものですね。

続く2年は再び西工のみに戻りましたが、その後1994年12月製5台(広島22く3970~3974 社番702~706)、1995年6月製6台(広島22く4058~4063 社番710~715)の11台を導入しています。
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2015年8月 広島バスセンター
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

ここで仕様が大きく変更され、中扉は4枚折戸。
冷房も直結式となり、少しづつ特徴が薄れてゆくようになります。
続いて・・・と言いたいところですが、平成6年排ガス規制になって、ふそうが復活。一方、富士の架装はなくなり合計48台で終わりました。

なにゆえ、この時期だけ富士重工架装の車両を導入したのかわかりません。富士の売り込みだったのか、西工の生産能力の都合だったのか(同時期に広交が導入したのは富士重工48台に対し、西工27台)。その後、関東地方から大量の富士7E架装車が移籍してくるとは思いもしませんでした。

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by hiro_hrkz | 2017-07-16 02:08 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E
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群馬県の西部に位置する安中市。
同市のコミュニティバスの一部を受託しているのが、ボルテックスアーク(アークバス)です。
物流業者のボルテックス・セイグン(旧称:西群運送 1951年設立・1992年改名)の子会社で、1993年に貸切事業者として設立。翌1994年に安中市から貸切代替バス(いわゆる21条バス)を受託しています。

さて、同社の路線バスは全て全長7m級以下の小型車で運行されています。
その中に、日デの「チョロQ」ことKC-RN210CSNが3台存在していますが、出自はバラバラ。
今回はそれらを取り上げたいと思います。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 安中駅(群馬県安中市)

まず、1997年10月に新幹線安中榛名駅の開業に合わせて、同駅と信越線磯部駅を結ぶ路線が開設されます。
この際に新車として、1台が投入されました。

前中折戸・逆T字窓、側面中扉前に小型の方向幕という、チョロQとしては至ってオーソドックスな仕様。
マーカーランプがオレンジ色なのは、貸切代替ゆえなのでしょう。
側面には「一般貸切(限定)」とあるのが、21条バスとして開業したことを物語っていますね。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2012年8月 安中駅(群馬県安中市)

それからしばらく時間は流れて2010年代に入ると、2台の移籍車が登場します。
先に入ったのは、もと西東京バスの車両。前面窓下の手摺りが3っつあることで、すぐにわかりますね。
車体はあまり変わっていませんが、リアの方向幕だけは外されています。

塗装は黄色一色に簡素化。前面とリアにだけ、自社発注と同タイプの柄が貼られています。
また、側面の表記が「乗合」に変わっているのは、2006年の法改正で原則として21条バスができなくなり、乗合免許による普通の路線バスになったことを示しています。
なお、登録番号は自社発注が群馬22ナンバーなのに対し、こちらは、ご当地ナンバーの高崎200ナンバーとなっています。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 磯部駅(群馬県安中市)

続いて入ったのがこの車両。もと京阪バスの車両です。
京阪というと3Eの時代までは富士重工の採用が見られたものの、その後はさっぱり。
乗合では日デKC-RN2台、日デKK-RM1台のみとなります。
そのうちの1台がこちらに来ました。

塗装は、もと西東京と同じく黄色一色で前後のみ柄ありとなっています。
この車両は、窓がスモークとなり、バンパーにはコーナリングランプが取り付けられてます。
もと西東京とは、異なった雰囲気になってますね。

現在は、各車両、とくに決まった路線・時刻で運用についているわけでもなさそうです。
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by hiro_hrkz | 2017-05-17 02:05 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
西日本ジェイアールバスの富士7E・8E
国鉄のバスのうち、近畿と北陸を継承したのが、JR西日本系列の西日本ジェイアールバス。
国鉄時代は、近畿地方自動車局はふそう、北陸は中部地方自動車局で日デが採用されており、双方に富士重工の架装車が在籍していました。しかし、ふそう+富士はJRになってからは導入されなかったため、同社の富士7E・8E架装車は北陸の日デのみとなります。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-UA440LSN +富士7E 2009年8月 金沢駅 ※
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-UA460LAN +富士7E 2009年8月 金沢駅

主力は大型車。
平成元年排ガス規制適合のU-UAは、1991年製の6台、1992年製の7台、1995年製の1台の計14台ありましたが、後継車種の平成6年排ガス規制適合のKC-UAは1998年製の1台だけ。いずれも、金沢および富山県砺波地方の福光に配置されていました。

どちらも黒色の2段窓という点は共通していますが、細かな仕様は異なり、まず車体は後扉が折戸から引戸に変化しています。その関係で、側面方向幕の位置がずれ、また塗装も戸袋窓は周囲が白色で、若干異なるものとなっています。
サスペンションは板バネからエアサスになりましたが、一方で車内は、2人掛けシートがズラリと並んでいることは変わらないものの、U-は枕付きなのに対し、KC-はそれがないものにグレードが下げらています。

ところで、西日本JRバスでは秋の紅葉のシーズンになると、金沢から京都に路線車が貸し出されます。
このときにナンバーをきちんと石川(金沢)から京都に変更しているため、貸し出しを終えて戻ってくると、ナンバーが再び変わることになります。これら日デの大型車も例外ではなく注意が必要なところです。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-RM210GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-RM211GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅

一方、中型車は合計5台が存在。
こちらは大型車とは逆に、平成元年排ガス規制適合のU-RMが1993年製造の1台だけ。平成6年排ガス規制適合のKC-RMは、1997年と1998年に2台づつ導入しています。
U-とKC-の仕様差は大型に準じていますが、更にU-RMがT字窓でツーステップなのに対し、KC-RMは2段窓で前扉側がワンステップとなっています。なお、同じKC-RMでも前扉が黒一色と車体色と同一と異なっていますが、これはメーカー側の仕様変更に伴うものです。

もともとはU-RMは福光、KC-RMは能登半島の穴水に配置されていましが、2002年にいずれも閉鎖されて金沢に転属しました。

※2017.3.18 型式を修正し、それに伴い本文の一部を変更しました。



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by hiro_hrkz | 2017-03-17 01:20 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
消防の富士7E
今回は少々視点を変えて、全国の消防組織が持つ富士7Eを取り上げてみたいと思います。
当然自家用車ですが、公用車ということで拙ブログで扱う次第です。
とはいえ、それほど数が多いわけではありません。
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・日デKL-UA452MAN +富士新7E 2008年7月  浅草橋駅附近(東京都台東区)

まずは新車から。
東京消防庁が保有する日デKL-UA+新7Eです。音楽隊の隊員輸送で使われていた車両とのこと。
ツーステップ、そしてなによりCNG車であることが特徴です。
新7Eのバリエーションとして見た場合は、ワイドドアでメトロ窓というのは、これだけの組み合わせでした。
また、右側面に非常口がありません・・・いかなり理由でそうなったのかは定かではありませんが。
製造は2003年3月で、富士重工製ボデーのバスとして最後の最後で造られた車両となります。

東京消防庁は、これ以外にも富士7Bを架装したUA510を持っていたようですが、詳細は不明です。また富士重工架装のバスを新車導入した事例は、ほかにも川崎市消防局の日デRM+富士8Bなどがありました。
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・いすゞP-LV214K +富士7E 2006年9月 長崎県佐世保市

続いては移籍車の事例。
長崎県の佐世保市消防局が保有したP-LV+7Eです。
見てすぐにわかるように、もと都営バスで、移籍した当時はそれなりに話題になりました。
もとは深川営業所に配置され都市新バスの一つ「グリーンアローズ」で使われていたもの。この頃、佐世保市交通局では何台かもと都営バスが導入されていましたが、そのことと関係はあったのでしょうか?

よく見ると原形そのものではなく、方向幕はつぶされ、またマーカーランプが当然、青から橙に変更されています。前面は行灯がなくなり(・・ということは再塗装している?)代わりに消防章がとりつけられています。

ところで、これの用途はなんだったのでしょう。やはり音楽隊だったのでしょうか。

さて、消防で富士7Eといえば、あるクルマを思い出される方もいらっしゃるかと思います。
バスではありませんが、関連が深い車両なので取り上げたいと思います。
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・日デ FJ550LN +日本機械工業 2017年1月 川越市役所(埼玉県)

日本機械工業製のはしご車「スカイアクションラダー」、車台は日デFJ550LN(排ガス規制はKC-相当)です。
この型式および、後継のFJ552LN(排ガス規制はKL-相当)のうち2002年度以前の車両は、キャブが富士7E(7B)に準じたものとなっています。
フロントガラス等を見ると、天地寸法は小さくそのままではありません。
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とりわけ、フロントの窓下だけ拡大すると、富士7E(7B)にしか見えません。
ヘッドライトの下に赤色ランプが取り付けられている点は、新7Eにしか見えませんが、この車両はそれよりも前に登場している点(・・・新7Eの市販1号車は2000年9月製造)は注意しておきたいところです。
なお、富士がバス車体の架装を止めてからは、西工がキャブを製造していました。

画像は、埼玉県の川越地区消防組合が保有する車両。
一度実物を見ておきたかったのではありますが、消防用車両に関する情報は、バスに比べても圧倒的に少なく、また撮影できる機会についての見当がつきませんでした。しかし、友人から出初式がいいとの情報を貰い、漸く見ることができました。
調べた限り、たとえば関東地方では他に埼玉県の入間東部地区消防組合、上尾市消防本部、神奈川県の相模原市消防局が保有しているようですが、細部は各車異なっています。

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by hiro_hrkz | 2017-01-13 00:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)