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カテゴリ:バス(富士重工)( 176 )
熊本市交通局・熊本都市バスの富士8E架装車
熊本市交通局とその事業を引き継いだ熊本都市バスの車両のうち
富士8Eを架装した車両を取り上げたいと思います。
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・熊本市交通局 日デU-RM210GSN +富士8E 2009年8月 交通センター(熊本市)
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・熊本都市バス 日デU-RM210GSN +富士8E 2012年5月 交通センター

熊本市交通局は日デに富士重工を架装した車両の導入事例があります。ただし平成元年排ガス規制(U-)以降では中型車のみで、その数はそれほど多くはありません。U-RMは1993年に5両が導入されました。
サスペンションはリーフサス。また、前中折戸で中扉は通しガラスでしたが、都市バスオリジナルの外装になってからは下半分が潰されています。これはこのあとに紹介する各車に共通しています。
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・熊本市交通局 日デKK-RM252EAN +富士8E 2009年8月 交通センター
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・熊本都市バス 日デKK-RM252EAN +富士8E 2009年8月 交通センター

平成6年排ガス規制(KC-)では採用事例が無く、平成10年排ガス規制(KK-)になってから2002年に2両導入されました。そしてこれが熊本市交通局が最後に発注した富士重工架装車となりました。
KK-RM+富士8Eで軸距3.9m(短尺)を採用したのは、全国でもこれが唯一の事例です。ボディーそのものはマイナーチェンジをした最終期タイプ。サスペンションはエアサス、中扉は引き戸ですが下半分にも窓が設けられています。ワンステップ車のため、低床車専用の外装で登場しました。
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・熊本都市バス 日デKC-RM211GSN +富士8E 2012年5月 交通センター

熊本市交のバス事業の受け皿として在熊民間事業者各社の出資で発足した熊本都市バスは、積極的な移籍車の導入を進めます。この中にも何両かの富士8E架装車が存在しています。
KC-RMは、もと横浜市交通局の車両でワンステップ車。なお、都市バスに移籍したRMは西工架装の低床車のほうが多く、富士は影の薄い存在です。
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・熊本都市バス いすゞKC-LR333J +富士8E 2012年5月 交通センター
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・熊本都市バス いすゞKC-LR333J +富士8E 2014年7月 交通センター

一方、こちらはいすゞLRに架装したワンステップ車で、もとは京成電鉄。
分離子会社を経由して2両が移籍しました。
側面の行先表示はKC-RM共々移設されていますが、移置が両者で異なっています。
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・熊本都市バス 日デKC-JP50NTN +富士8E 2012年5月 交通センター

そして、中型幅10.5m級の日デKC-JPはもと京王バス。
1998年導入の3両が移籍しました。
by hiro_hrkz | 2019-09-21 00:27 | バス(富士重工) | Comments(0)
熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E
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和歌山県南東部の新宮市を中心に那智勝浦・熊野本宮大社等に路線を持つ南海系列の熊野交通。
現在は親会社などからの移籍車が多数在籍していますが、2000年代中頃までは自社発注が大半となっていました。日野が中心のラインナップでしたが、その中には日デの中型も存在しました。
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・熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 和歌山県新宮市
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・熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町

熊野交通ではRM90Gの4E架装を導入したことがあったようですが、その後は暫く採用が途絶えています。
そして、1992年度に久しぶりに導入されたのが画像のU-RM+富士8Eで、3両づつ2回に分けて入りました。その後日デはKC-RN(いわゆるチョロQ)が導入されていますがこちらは車体が西工となったため、これが同社で富士8Eを導入した唯一の事例となりました。
 エアサス、前後引戸でメトロ窓は当時の熊野交通が導入していた車両の標準的な仕様です。ただ、この頃の富士8Eはメトロ窓を採用すると第3柱(エバポレータの直下)の窓柱が太くなり、外観的にはスマートさを欠いていました。
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・熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 和歌山県新宮市

一方、リアから見るとエンジン部分の開口部に特徴がありました。通常のU-RMは単純な矩形になるのですが、これらは何故か右下端が四角に切り取られていました。RMでは他に事例がなく、何故このような形になったのかは今もって不明です。
廃車は意外と早く、撮影したときにはもう2両しか残っていなかったと記憶しています。新宮~那智方面は海沿いで潮風の影響を受けやすかったのでしょうか。

by hiro_hrkz | 2019-07-14 01:54 | バス(富士重工) | Comments(0)
四国旅客鉄道 いすゞK-CJM470 +富士3E
国鉄バスは全国的に富士重工架装の一般路線車が配置されていたため、分割民営化後も各社で見ることができました。ただし会社間には当然格差があり、JR四国は民営化後には導入例がなく、国鉄時代も3Eが最後であったため影が薄い存在でした。
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・四国旅客鉄道 いすゞK-CJM470 +富士3E 1996年10月 高知駅

画像は高知に配置されていた、いすゞC系の短尺車。
前中折戸の典型的な国鉄バスで、サブエンジン式のエアコンを搭載しているところが地域性を表しているといえましょう。
現在は土佐山田駅発着でアンパンマン一色の大栃線ですが、この頃は未だ御免を経由して高知駅まで乗り入れていました。この頃は駅の西側に仮設のバスターミナルがあり、各社のバスが発着していました。
by hiro_hrkz | 2019-05-18 23:07 | バス(富士重工) | Comments(0)
宮城交通 いすゞLTと日デRPの富士重工架装車
宮城交通は1987~1989年に9m大型車をまとまった両数で導入しています。
当時、宮交が新車で導入していたのは、殆どがいすゞ・日デ・日野の3社でしたが、それは9m大型でも同じでした。このうち日野のRTについてはだいぶ前にとりあげたので、今回は残るいすゞLT・日デRPのうち富士重工を架装した車両を並べてゆきたいと思います。
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・宮城交通 いすゞP-LT312J +富士5E 2000年4月 宮城県石巻市
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・宮城交通 いすゞP-LT312J +富士5E 2001年7月 宮城県塩釜市

いすゞLTはIKと富士の双方が導入され、約20両ありました。若干IK架装のほうが多かったようです。
上の画像は石巻所属の5004で1988年式、下は塩釜所属の5179で1989年式。屋上のベンチレータと換気扇、エアコンのエバポレータが両者間の差となっています。非常口下に開口部がありますが、同じ仕様は八戸市交通部などのLTでも見ることができました。
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・宮城交通 日デP-RP80G +富士5E 2000年4月 宮城県石巻市

一方、日デRPは数が少なく7台程度の存在。しかも各営業所にバラけて配置されていたので、なかなか見ることができない存在でした。画像の5401は1989年式。いすゞLTとは似ていますが、エンジン部の開口部や太い窓柱の位置などに差がでています。とりわけ、リアオーバーハングがRPのほうが長い点が注目されます。

これらP-LT/P-RPは、気仙沼、塩釜、築館、石巻、白石、村田など仙台市内とは無縁の営業所で使われていました。導入時の補助金の都合もあって、早めに廃車になった車両が多かったと聞いています。

一方、平成元年排ガス規制の時代になると宮交の9m大型導入数は激減。
自社発注はいすゞLT+富士7Eが2両導入されただけで終わります。
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・宮城交通 いすゞU-LT332J +富士7E 2002年10月 白石駅(宮城県白石市)

画像は白石所属の5833で、1992年1月製でした。他に佐沼に1991年1月製の5616が配置されていたとのこと。
P-LT +5Eの仕様を受け継いでいますが、屋上は丸型換気扇からベンチレータに戻っています。
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・宮交登米バス 日デP-RP210GAN +富士7E 2002年2月 宮城県迫郡佐沼町

そして宮交の9m大型+富士重工で忘れてはならないのがこの車両。
佐沼に配置されていたこのRPは、もとは所謂「サンプルカー」でした。詳細は拙サイトをご覧ください。
by hiro_hrkz | 2019-03-16 16:22 | バス(富士重工) | Comments(0)
国際ハイヤー いすゞP-LV314L・U-LV324L +富士7E
 1990年代に入り、東武鉄道は子会社への路線委譲を急速に進め、現在はそれらが朝日自動車グループを形成するまでになっています。埼玉県北の熊谷市周辺も例外ではなく、2001年に国際ハイヤーに移管されました。
 埼玉県内で国際(バス)といえば真っ先に思い出されるのが国際興業ですが、もともとは同社のハイヤー事業の一部で、1957年に東武傘下入りしました。その後、同じく東武系列の群馬観光タクシーに合併しますが、東武からバス事業を譲り受ける直前に国際ハイヤーに改称するという少々ややこしい経緯を経ています。ともあれ、このことにより乗合バス事業を開始しています。

 さて、この頃の東武の路線委譲では、車両については子会社側が新車を投入するか、中型車を移管する事例が多くをしめました。その中にあって、国際ハイヤーには大型車が移管され、一部は朝日カラーに変更されたのが特徴でした。大型車の移管は他の子会社に対してもありましたが、殆どは移籍後も東武カラーのままで終わりました。したがって、この国際ハイヤーの事例は目立っていたと言えましょう。
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・国際ハイヤー いすゞU-LV324L +富士7E 2001年3月 熊谷駅(埼玉県熊谷市)
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・国際ハイヤー いすゞP-LV314L +富士7E 2001年3月 熊谷駅(埼玉県熊谷市)

 国際ハイヤーに移管された大型車は、いずれもいすゞでした。ただし、その仕様については、都内むけの前中引戸と、それ以外の前後折戸の両方が入り乱れています。これは東武時代末期そのままとのこと。なお朝日カラーになった車両はU-LVのみで、P-LVについては存在しなかったと記憶しています。
 それにしても国際バスという表記は紛らわし・・・と感じますが、国際興業バスの路線とは被りようがないですし、特に問題はなかったのでしょう。

 東武は子会社への路線移管が粗方進むと、今度は子会社の再編に乗り出します。国際ハイヤーは2002年10月に両毛観光バスを合併し貸切事業も開始、さらに2004年1月には十王自動車と合併して国際十王交通に社名変更しています。塗装変更された(大型)車の一部は、旧・十王自動車側に異動しました。また、2台が南部バスに移籍しています。

by hiro_hrkz | 2019-01-12 02:27 | バス(富士重工) | Comments(0)
東濃鉄道の富士8E
東濃鉄道は、富士重工が最後に架装したバスを導入したことで知られますが、名鉄系の事業者ということもあり昔からその導入に積極的であったわけではありません。
こと一般路線車の自社発注車に限れば、1998年以降のみでその合計は9台にとどまっています。
今回は、その中から中型路線車を取り上げたいと思います。
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・東濃鉄道 日デKC-RM211GSN +富士8E 2007年8月 恵那駅前(岐阜県恵那市)

 東鉄は1998年度に日デ+富士7Eの路線車をはじめて導入します。内訳は大型1台、中型3台でした。
中型はリーフサスで前中折戸、2段窓の仕様。塗装は従来の名鉄系の白赤塗装に緑の細帯が入るものから、前面だけ名鉄系で側面~リアが白地に緑・赤を配したものにかわりました。これらは、前年度?に導入された三菱ふそうの中型車と変わらない仕様です。
 型式はKC-RM211GSN、1998年12月~1999年1月製で登録番号は岐阜22き989、992、993でした。当初は多治見周辺にも配置されていましたが、最終的には恵那と可児でした。
 なお、この車両あたりから東鉄は車両の代替スピードが上がり、一方で移籍車市場に出回る車は高齢化。そのため移籍事例が発生するようになりました。この型式は2台が新潟交通佐渡に移籍しています。
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・東濃鉄道 日デKK-RM252GSN +富士8E 2007年8月 岐阜県恵那市

 その次の増備車は、1998年排ガス規制適合となり、型式はKK-RM252GSNとなりました。
基本的な仕様はKC-RMと変わっていませんが、側面の窓幅が変わり中扉が後ろにずれる差異が生じています。また、屋上のエアコンのエバポレーターがなくなり、ビルトインタイプになっているのはKC-RM→KK-RMの普遍的な仕様差です。
2000年2月製の岐阜200か60、61と、2001年01月製の岐阜200か139の3台がありました。こちらはKC-RMと異なり営業エリア全域にバラバラに配置されていました。
 なお、廃車後は下北交通へ1台の移籍例が確認されています。
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・東濃鉄道 日デKK-RM252GSN +富士8E 2012年7月 明智駅(岐阜県可児市)

 さらに次の車両はワンステップ車となりました。
この車両については拙サイトでとり上げていますが、基本的には富士8Eの最終期形に準じるものの、エアインテークなど一部がマイナーチェンジ前となっている珍しい車両です。
 2001年9月製の岐阜200か181 1台だけの存在。可児営業所に所属し明智~八百津などで使用されました。廃車後は宮崎交通に移籍しています。

 このあと、東鉄は大型車(KL-UA+新7E)を1台導入して自社発注の富士重工架装の路線車は終了します。
しかし、そのほかに移籍車が何台か存在しました。
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・東濃鉄道 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 岐阜県恵那市

 もとはジェイアール東海バスの車両で、数回にわたる路線委譲に伴い移管された車両です。東鉄が日デ+富士を採用する以前に製造された、平成元年排ガス規制の型式。扉配置などが自社発注の富士8E架装車と同じですが、一方でサスペンションはエアサスとなっているのが大きな違いです。
 塗装はこの時期に採用されていた、名鉄系の塗り分けながら緑の濃淡に赤い細帯としたもので、富士重工架装の車両では、もと千葉県内の自家用車だったU-UA+富士7Eでも採用されていました。
 1993年12月製造の岐阜200か263 1台だけの存在でした。

by hiro_hrkz | 2018-11-17 20:46 | バス(富士重工) | Comments(0)
オホーツクの富士7E・7B
 北海道で富士7Eを架装したバスを自社発注で導入した事業者は数あれど、その大半は道央・道南および旭川周辺に限られています。道東~オホーツク沿岸~旭川以北は少数で、北海道北見バスのU-UA440NANが2台あるだけだと長年思っていました。
 しかしある時、グーグルのストリートビューで未知の車両を発見。これが行きづらい場所ゆえ色々と情報を確認した末、ようやく今年の夏に実物を見ることができました。

サロマ湖の西側に位置する湧別町。かつては国鉄名寄本線と湧網線という2つの鉄道路線がありましたが、ともに廃線となっています。一方、バスは昭和40年代には既に一部路線で撤退がはじまっており、現在は名寄本線代替の遠軽~湧別~紋別(北海道北見バスと北紋バスの運行)が通るのみです。
 そのような状況なので、町による自主運行バス(いわゆる旧80条バス)が7路線ほど存在しています。車両はマイクロバスが主体ですが、中型1台、大型4台?が在籍しています。
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・北海道紋別郡湧別町(80条バス) 日デKC-UA460HSN +富士7E 2018年8月 湧別市街

このうちの1台が富士7E架装車で、平成6年排ガス規制(KC-)適合の日デの大型車です。
1995年10月製造。トップドアにメトロ窓という貸切・送迎輸送用に近い仕様。北海道でありながらリーフサスという点は特筆されるところかと思います。また白地に水色・紺・赤を配した塗装は複雑で、よく見ると屋上の丸型換気扇も塗り分けられています・・・最もこの塗装、心なしか道北バスの中長距離路線車に似ているように思いますが・・・。

湧別町の残り3台の大型車のうち、1台はふそうの新エアロスター、そしてもう2台は平成元年排ガス規制(U-)適合の日デです。このうち日デは富士重工を架装していますが、どちらも7Eではなく7Bが選択されています。
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・北海道紋別郡湧別町(80条バス) 日デU-UA440LSN +富士7B 2018年8月 湧別市街

こちらは湧別市街にある町有車置き場で見たものです。前構を除き、KC-UAと同じ仕様ですが、異なるのは長さ。KC-UAが軸距4.72mなのに対し、画像の車両(1993年2月製造)は軸距5.24mのU-UA440LSNとなっています。なお、もう一台(1994年12月製造)は軸距5.55mのU-UA440NSNです。

さて、湧別町営バスの大型車ですが、湧別~竜宮台の三里浜線と、中湧別~芭露~計呂地の中湧別・計呂地線で使われることが多いようです。ただし、車両運用が路線orダイヤ固定なのか否かは判りませんでした。
オホーツク沿岸で富士7Eを保有する事業者はもう1社あります。ただしこちらは自社発注ではなく移籍車。四年前に撮影し損ねているのですが、今回は撮影することができました。
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・斜里バス いすゞKC-LV280Q +富士7E 2018年8月 知床自然センター

斜里から知床方面に路線を持つ斜里バスです。同社には2012年末ごろに、相模鉄道で深夜急行用として導入されたKC-LVが移籍しています。外観は「SOTETSU」のロゴが剥がされた点と、行き先表示がLEDになった程度しか差はありません。

 斜里バスの導入車両は日野とふそうの貸切車タイプが殆どであったため、この選択は少々意外に感じました・・・これは意訳すると「面倒な案件が増えた」ということになります(苦笑)。
 前回の失敗を教訓に、1)スクールバスがあり、2)知床のシャトルが20分おきになるハイシーズン中のハイシーズンであれば出てくるだろうと踏んで日程を決めたました。ところが、現地で確認するとスクールやシャトルには貸切車が導入され、夏季のみ運行の路線も別のクルマ。半ば諦めたかけたときに知床自然センターで見つけることができました。
 職員の方に伺うと、シャトルバスが乗り切れなかったときに備えて知床自然センターに常駐させているとのこと。また、斜里バスの運用は複雑で、朝のスクールバスや契約輸送で使った車両がそのまま路線の運用に化けます。車両はなにがどこで運用されるのかは定まっておらず、追うのはなかなか苦労します。

さて、斜里バスが富士7E系の車体を架装した車両を導入したのはこれが初めてではありません。30年近く前に1台、これまた同社では珍しい日デのP-UA50Lに7Bを架装した車両が在籍していました。1989年10月製ではあるものの製造番号が00002で他のUA50の製番と辻褄が合わないことから、元は型式受審等いわゆる「サンプルカー」の類であったと思われます。ともあれ、バスセンターカラーをベースにした独自塗装で使用されましたが、後年、くしろバスに移籍しています。
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・くしろバス 日デP-UA50L +富士7B 2001年6月 北海道釧路市

もともとは、前面窓下に小さな行灯がありましたが、これは移籍時?に撤去されています。
くしろバスでも珍しい日デ製、しかも希少なV8搭載車ということが祟ったのか、何年もしないうちに廃車になりました。
by hiro_hrkz | 2018-09-17 02:40 | バス(富士重工) | Comments(0)
川中島バス 日野U-HT2MLAA・U-HT2MMAA +富士7E
 このブログをはじめた2005年の夏に増加する遠鉄出身車というタイトルで、もと遠州鉄道の日野HT+富士7Eを取り上げています。それまで、貸切や中型車に限られていた遠鉄からの移籍車が大型の一般路線車からも出てきたのがこの頃だったわけです。結局のところ、芸陽バスは1台で終わり、越後交通グループでは他の車種はいろいろ入りましたがHT+7Eはやはり1台で終わりました。そのかわりに、多数を導入した事業者の一つが長野の川中島バスでした。同社は、それまでに中型車が移籍していたので、その流れだったのでしょう。車齢14年での移籍でした。
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・川中島バス 日野U-HT2MLAA +富士7E 2007年9月 長野駅前
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・川中島バス 日野U-HT2MLAA +富士7E 2007年9月 長野バスターミナル
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・川中島バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2007年9月 長野駅前

 川バスには2006~2007年に、合計9台?が移籍しています。軸距が4.8mのHT2MLAAが多数ながらも、2台は軸距5.3mのHT2MMAAとなりました。遠鉄では後部に行先表示がなかったため移籍に際して新設しています。それ以外は外観には大きく手を加えられていません。使用地域を考えれば、暖房の増強などは行われていたと思いますが。窓回りを黒く塗装していますが、1991年導入車とそれ以外では前扉附近の処理が異なっていました。
 もとからの中乗り前降りである点は川バスと共通していて使いやすかったでしょう。またグレードの高い内装ゆえ、導入当初は比較的距離のある松代方面の路線に充当されていることが多かったように記憶しています。

by hiro_hrkz | 2018-07-17 01:02 | バス(富士重工) | Comments(0)
湖国バスの富士8E(その2)
近江鉄道(湖国バス)の富士8E架装車は5年ほど前に取り上げましたが、
今回はワンステップ車を中心に記してゆきたいと思います。
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・湖国バス 日デKC-RM211GAN +富士8E 2013年7月  マキノ駅(滋賀県高島市)

まずはツーステップ車の滋賀22き620(1996年12月製)から。
前回とりあげた滋賀22き591(KC-RM211EAN)を伸ばしたような仕様です。従って2段窓ながら窓ガラスがブルーペンという特徴あるものに。
(旧)マキノ町のコミュニティバス「マキノタウンバス」で使われていました。
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・湖国バス 日デKK-RM252GAN +富士8E 2011年8月 河瀬駅(滋賀県彦根市)

続いて平成10年排ガス規制の車両を2つ。
前回とりあげた近江鉄道本体の滋賀200か91(2000年10月製)はツーステップ車でしたが、湖国の滋賀200か151(2001年9月製)はワンステップ車になりました。
扉配置は前中引戸、色付きガラスは取りやめとなり、一気にノーマルな車両になった感があります。
さて、この車両は富士8Eのマイナーチェンジ前後の端境期に落成したため少々特異な点がありますが、これについては拙サイトの記事を参照願います。
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・湖国バス 日デKK-RM252GAN +富士8E 2011年5月 滋賀県長浜市

一方、2002年7月に製造されたのが滋賀200か200。左側面後部のエアインテークの位置で解るように、こちらは完全にマイナーチェンジ後の車体となりました。
仕様の面では151とほとんど差はなくせいぜいバックミラーの形状くらいではないかと思います。
この車両が近江・湖国で最後の富士8Eとなりました。

それにしても近江・湖国オリジナルのKC-/KK-RM+8Eは特徴ある車両ばかりなのですが、KC-RM211EANのメトロ窓を除き、すべて1仕様につき1台のみで、追いかけるほうにとっては、うれしいやら辛いやら・・・といったところです。


by hiro_hrkz | 2018-05-12 00:00 | バス(富士重工) | Comments(0)
富士7E 30周年
富士重工7Eが誕生してから30年となりました。
いまでも、7Eというのは新しいイメージなのですが、それだけ自分も年を取ったということなのでしょう。

さて、10年前には富士7E 20周年ということで量産先行車である東京都交通局の日デP-UA33Kと、もとサンプルカーの宮城交通P-U33Kを取り上げていますが、今回は、その都営P-UA33Kのその後を記してみたいと思います。

都営のP-UA33Kは1987年度後期導入車として、1988年初頭に15台が製造され江東営業所に配置されました。
車両のレベルを上げバス停なども一新した都市新バス用で、都04系統(東京駅丸の内南口~豊海水産埠頭)で使用されました。
廃車は1998年度でしたが、エアサス(初期の車両を除く)にハイバックシートという都市新バスの仕様は地方のバス事業者から人気が高く、とりわけ従来から設備のレベルが高い車両が多かった西日本の事業者への移籍事例が多数存在しました。
このP-UA33Kの移籍先はすべて西日本です。
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・広島バス 日デP-UA33K +富士7E 2002年8月 八丁堀(広島市中区)
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・サンデン交通 日デP-UA33K +富士7E 上:2005年8月 下:2002年8月 下関駅付近(山口県下関市)
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・佐賀市交通局 日デP-UA33K +富士7E 2001年9月 佐賀駅バスセンター

移籍先は、広島バス、サンデン交通、佐賀市交通局、熊本市交通局の4社局でした。各社局とも、当時都営から移籍車を積極的に導入していたところです。
このうち、熊本市交通局は1台のみで、廃車になるのも比較的早かったため、結局大雨の朝早くに一度見たきりで撮ることができませんでした。
残りのうち大所帯だったのは広島バスとサンデン交通。特に、サンデンは都市新バス仕様を多く導入しており、この後1988年度導入車のP-LV214K+富士7E(都05系統用)のほとんどが移籍することになります。

いずれの事業者も中乗り前降りなので、スピーカーの移設などの改造を受けており、サンデン交通は窓を入れ替えて中扉直前に方向幕を持ってきています。また日差しの強い西日本らしく、広島バスとサンデン交通はロール式カーテンを設置しています・・・佐賀市はどうだったのか記憶にありません。

さて、10年前の記事では、このようなことを書いていました。

 7EでもP-の車両は、車種によってはだいぶ数が少なくなってきました。
 消える直前で騒ぎ出すより、普段から撮影しておきたいものです。

そして今年、大都市圏では新7E架装車が相次いで各事業者から消滅し、そのたびに盛り上がりを見せたようです。
事業者によっては最後の運転を自ら告知するなど、過去では考えられない対応、そして沿線に集まったマニアの数も、やはり過去には考えられなかった数でした。
そうしたことに、隔世の感すら抱くのですが、一方でバス趣味が最近の鉄道趣味と同様に、どこかで提示されたものと同一方向でしか楽しめなくなっていのなら、なにか寂しさを感じます。そして、普段から記録しておくことの重要性は変わらないということを、改めて記しておきたいと思います。
 たとえば、新7Eが残り少ないといわれて何処かに出向いても、それしか目に入らないのは勿体ないと思います。新7Eの後ろに止まってた西工架装の日デRPが他所ではあまり見られない車両だったりするのですから。


by hiro_hrkz | 2018-03-17 01:02 | バス(富士重工) | Comments(0)