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秋田市交通局の三菱ふそう中型車
2006年に消滅した秋田市営バスから、
今回は三菱ふそうの中型車を取り上げたいと思います。
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・秋田市交通局 三菱ふそうP-MK116J +呉羽 1997年11月 秋田県秋田市

秋田市営は昭和50年代より中型車の導入がはじまっていたようですが、私が見た中で最も古いのはこの車両でした。前中引戸で2段窓であるのは、当時の大型車と同じ仕様です。
また秋田市営は1980年代初頭から一般乗合で冷房車を導入しており、これも当然ながら冷房付き。一方で県内の民営3社が冷房車を導入するのは1980年代後半に入ってからなので、この点では一歩先を行っていました。

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・秋田市交通局 三菱ふそうU-MK517J +呉羽 2000年10月 買物広場

一方、こちらは年代が下がって平成元年排ガス規制車。積雪地ということもあるのか、エアサス車となりました。車体の塗装も若干変更され、細かなストライプがなくなる代わりに赤帯が太くなり力強くなったように思います。
この頃になると秋田市営が導入する車両の多くは中型車になっていました。この型式は1990~1992年にかけて12両が導入されています。
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・秋田市交通局 三菱ふそうU-MK618J +MBM? 2003年9月 秋田駅前
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・秋田市交通局 三菱ふそうKC-MK619J +MBM 2003年9月 秋田駅前

そして、モデルチェンジ後のMK6系になってからの車両がこちら。
平成元年排ガス規制のU-MK618Jは1994年導入の2両、一方、平成6年排ガス規制のKC-MK619Jは1995年の4両が存在しました。AT車である点が特徴です。前面に通風孔がないので、なんとなくのっぺりとした印象ですね。
U-MK517以降の車両は、全車、秋田中央交通に移管されています。


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by hiro_hrkz | 2018-05-27 16:24 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(2)
西武鉄道多摩川線 北多磨駅 
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開業100年を記念して、各種塗装の新101系電車が走るなど近ごろ話題の続く西武鉄道多摩川線・・・個人的には通称の是政線と呼んでしまうのですが・・・・。今回は23年前の1995年9月、まだ701系電車が走っていたころの北多磨駅がお題です。
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西武多摩川線の各駅のうち、北多磨と是政は平成になってからも暫くは旧い駅舎を使っていましたが、撮影の前年(1994年)に是政駅が改築されたので、この時点では北多磨駅だけとなっていました。

他の建屋の間にある狭い場所に駅舎があり、平入の出入り口が設けられています。もっと昔は画面左側(武蔵境側)の建物はなく、そちらに妻入りの出入り口がありました。また、建屋自体は画面右側(是政側)に向かって、増改築したのか屋根の高さがバラバラでに伸びています。いずれも棟瓦に角が生えたような独特のものが載っているが特徴でした。
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駅舎内部の画像はこちら。木造であることがよくわかります。このときはまだ自動改札が導入されていませんでした。
各線の連絡きっぷが買える券売機や時刻表の書式など、今となっては若干の懐かしさも感じさせるものです。

北多磨という駅名は、開業時の自治体名「(北多摩郡)多磨村」を由来とするもので、多摩の異表記であります。したがって、なんとも大雑把な感のある駅名でした(・・・それを言い出すと、南武線の南多摩も大概ですが)。が、2001年に大学移転のために多磨墓地前から墓地前を取って「多磨」というさらに大雑把な駅名にしたため、それより南に位置する当駅は、同時に住居表示で名づけられた白糸台に変更され現在に至ります。
また駅舎自体も画面左側の建物を取り囲む形で改築され、改札もこの頃よりはだいぶ広くなっています

・いずれも1995年9月 撮影


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by hiro_hrkz | 2018-05-21 00:23 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
湖国バスの富士8E(その2)
近江鉄道(湖国バス)の富士8E架装車は5年ほど前に取り上げましたが、
今回はワンステップ車を中心に記してゆきたいと思います。
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・湖国バス 日デKC-RM211GAN +富士8E 2013年7月  マキノ駅(滋賀県高島市)

まずはツーステップ車の滋賀22き620(1996年12月製)から。
前回とりあげた滋賀22き591(KC-RM211EAN)を伸ばしたような仕様です。従って2段窓ながら窓ガラスがブルーペンという特徴あるものに。
(旧)マキノ町のコミュニティバス「マキノタウンバス」で使われていました。
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・湖国バス 日デKK-RM252GAN +富士8E 2011年8月 河瀬駅(滋賀県彦根市)

続いて平成10年排ガス規制の車両を2つ。
前回とりあげた近江鉄道本体の滋賀200か91(2000年10月製)はツーステップ車でしたが、湖国の滋賀200か151(2001年9月製)はワンステップ車になりました。
扉配置は前中引戸、色付きガラスは取りやめとなり、一気にノーマルな車両になった感があります。
さて、この車両は富士8Eのマイナーチェンジ前後の端境期に落成したため少々特異な点がありますが、これについては拙サイトの記事を参照願います。
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・湖国バス 日デKK-RM252GAN +富士8E 2011年5月 滋賀県長浜市

一方、2002年7月に製造されたのが滋賀200か200。左側面後部のエアインテークの位置で解るように、こちらは完全にマイナーチェンジ後の車体となりました。
仕様の面では151とほとんど差はなくせいぜいバックミラーの形状くらいではないかと思います。
この車両が近江・湖国で最後の富士8Eとなりました。

それにしても近江・湖国オリジナルのKC-/KK-RM+8Eは特徴ある車両ばかりなのですが、KC-RM211EANのメトロ窓を除き、すべて1仕様につき1台のみで、追いかけるほうにとっては、うれしいやら辛いやら・・・といったところです。


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by hiro_hrkz | 2018-05-12 00:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
野上電気鉄道 モハ20形25~27
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・野上電気鉄道 モハ25 1993年8月 北山~野上中

 野上電気鉄道の元阪神車の中から、今回はもとは阪神901→701形のモハ25~27をとり上げたいと思います。
阪神901形は木造車の291形の車体を載せ替えたもので、1932年に大阪鉄工所と藤永田造船所で10両(901~910)が製造されました。阪神の小型車といえば広い窓幅(に明かり窓付)の車両が思い出されますが、これらはそれより前に登場したもので、幅の狭い一段窓が並んでいます。1940年には701形701~710に改番されています。

本線用の車両の中でもとりわけ小型で性能も低かったことが祟ったのか、戦時中は他の車両に機器を譲るなどして軒並み休車となっていた模様。このうち、戦後も復活できず1954年に廃車になった3両のうち、704(大阪鉄工所製)と710(藤永田製)が野上に譲渡され、まず前者が1955年12月にデハ25として、続いて後者が1957年1月ににデハ26として竣工します。つづいて、1959年に廃車になった707が1960年5月にデハ27として竣工し、3両が揃いました。
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・野上電気鉄道 モハ26 1993年3月 日方
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・野上電気鉄道 モハ27 1993年3月 紀伊野上~動木
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・野上電気鉄道 モハ25 1989年7月 日方

主制御器はGEの電磁接触器式「Mコントロール」の一つである手動加速式のMKで、これはもと阪神。
一方、主電動機については南海から譲り受けたGE-218-B(52kw=70PS)を2機備えています。
そして台車も南海から譲り受けたものですが、25・26はブリル27E-1 1/2を直接取り付けたのに対し、27は一旦2代目モハ31(もと八日市鉄道カハニ101であるデハ23の車体を再利用して1958年に竣工したもの)が履いた加藤ボールドウィンでした。
なお、27は晩年はブリル27MCB系に交換されました。

野上電鉄では1964年にデハからモハに改称。また集電装置もポールからZパンタに変更されています。
細かなところでは3両それぞれテールランプの形状と個数がことなっていました。
上から3枚目、モハ27は俯瞰気味に撮影したものですが、野上の電車のベンチレーターはこのような棒状の特徴ある形状となっていました。パンタグラフから延びる母管がパンタと反対側から車体に潜り込んでいるのも、普段の視線では気がつきにくいところですね。

そして、最晩年・・・昭和60年代に入ってからだと思いますが、31・32と共に雨どいが作り替えられていました。
これにより不格好となってしまった感があり現地訪問時に少々がっかりしたのを思い出します。
そんなことが理由だったのか、野上は車両単体で撮った写真が少なく、下手な風景写真ばかりで、アルバムを見返すと少々後悔している点であったりもします。

・参考文献
藤井信夫 「命脈せまる南紀の電車 -野上電気鉄道-」 鉄道ファン132号(1972年4月) 交友社
高橋修 『RMライブラリ(24) 関西大手私鉄の譲渡者たち(下)』 ネコ・パブリッシング 2001年

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by hiro_hrkz | 2018-05-08 00:41 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
東海自動車と箱根登山の日野P-RJ172BA +日野車体
東海自動車が中型車を導入したのは1983年のこと。当初はふそうMKのみでしたが翌年からは日野RJといすゞLRも加わり、以降、自社発注の路線車は中型が基本となります。
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・沼津東海バス 日野P-RJ172BA 2002年8月 三島駅(静岡県三島市)

画像は日野の1984年の導入車。合計3台が存在しました。
トップドアにメトロ窓という仕様ですが、このうち扉配置は当時の東海バスの標準。
一方、側窓については、この年のクルマは各社でマチマチ(ふそう:2段窓、いすゞ:T字窓)となっていました。

さて、このP-RJ(RR)_BAと一世代前のK-RJは、マニアから「一つ目」と呼ばれるように、前照灯が丸目1×2灯であることが大きな特徴でした。しかし、なかには貸切車と同様の角目2×2灯を装備するものもありました。

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・東海自動車 日野P-RJ172BA 1998年12月 修善寺駅(静岡県三島市)

東海バスの場合、1985~1988年に導入された9台が該当します。
1984年のクルマとは異なるのは前照灯だけなのですが、印象は一変しますね。
殆どが修善寺営業所に配置されていました。
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・沼津箱根登山自動車 日野P-RJ172BA 2001年3月 静岡県沼津市

この角目4灯のRJは、同じ小田急系列の箱根登山鉄道にも存在していました。東海道線の駅前で見る機会も多く、こちらのほうがメジャーな存在だったと思います。
東海自動車の車両と異なるのは窓が2段窓であり、またマーカーランプやラインフローファンがない点などがあげられます。
側面の方向幕が前扉と窓一枚隔てて設置されているのは、運転席から左側面の確認をしやすくするためだと聞いたことがあります。

画像は当時、沼津周辺を分社した沼津箱根登山自動車に所属していた車両。
2002年10月に行われた静岡県内のバス事業(箱根登山鉄道直営の熱海地区と沼津箱根登山)の東海バスへの委譲※に伴い、これらRJの中にも東海バスグループに移管されたものが存在しました。

※沼津箱根登山自動車が沼津東海バスに全事業を譲渡。沼津東海バスは沼津登山東海バスに社名変更。
 同時に箱根登山鉄道はバス事業を沼津箱根登山自動車に譲渡。沼津箱根登山自動車は箱根登山バスに社名変更。

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by hiro_hrkz | 2018-05-05 00:11 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)