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琉球バス交通 三菱ふそうU-MP618N +MBM
沖縄本島のバスは、730の際に事業者別に採用するメーカが固定化され、その後、一部例外はあったものの崩れることはありませんでした。しかし、銀バスと琉球バスが倒産し第一交通グループの新会社で再生されると、両者においては従来の法則は崩壊します。今日取り上げる車両も、事業者が変わったことを実感させる車両でした。
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・琉球バス交通 三菱ふそう U-MP618N +MBM 2012年4月 胡屋(沖縄県沖縄市)
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・琉球バス交通 三菱ふそう U-MP618N +MBM 2014年11月 那覇バスターミナル

 もと京浜急行のエアロスターです。琉球バスは日デに一部日野が加わる構成でしたが、琉球バス交通になってからはふそうも入るようになりました。2006年頃?から琉球・那覇の両者は京浜急行から多数の車両を導入していますが、これらも各メーカー分け隔てなく入っています。
 分け隔てがなかったのは車両の仕様の面でも同様で、ワンステップ車もあれば両開き扉車も。その中で、このもとリムジン兼用のMP618Nは車内に2列のハイバックシートが並ぶ仕様で、郊外線用の自社発注車に近いことから沖縄本島に向いていたと思います。
 京浜急行には同型は6両在籍していましたが、琉球には1994年式の3両が移籍。沖縄200か550~552となりました。中扉は当然のごとく締切。いずれも90番知花線(那覇~おもろまち~我如古~普天間~コザ~知花~具志川)で使用されていました。画像の2両が、いずれも大学の広告車だったのは単なる偶然だとは思いますが、長い車体は広告しやすかったのかもしれません。

by hiro_hrkz | 2019-05-28 00:00 | バス(三菱/呉羽) | Comments(0)
坂東大橋旧橋梁と上毛電気鉄道未成線
坂東太郎こと関東の大河、利根川に架かる橋の中で、その坂東の名を冠するのが埼玉県本庄市と群馬県伊勢崎市の間に架かる坂東大橋です。現在の橋は2004年に開通した新橋で、それまでは1929年2月着工・1931年6月開通の旧橋梁が架かっていました。
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 これがその旧橋梁で、中央部に6連のワーレントラス、伊勢崎側に6連、本庄側に15連のプレートガーダーを配する全長約917mの堂々としたものでした。
さて、旧橋は鉄道と関わりがあることをご存知の方も多いかと思います。現在、中央前橋と西桐生の間を運行している上毛電気鉄道には多数の計画線がありましたが、そのうち唯一免許取得・着工したのが大胡から伊勢崎を経て本庄へ至る路線でした。利根川の橋梁は、群馬県・埼玉県が計画していた道路橋と共用することになり、坂東大橋は完成します。しかし、他の区間では一部路線用地を確保した程度にとどまり、結局1934年11月に免許が失効しています。
・・・ということは、保育社のカラーブックス「日本の私鉄 北関東 東北 北海道」で知ったのだと思います。その後、1963年の鉄道ピクトリアル「私鉄車両めぐり第4分冊」に当時の写真があるのを発見※しましたが、それ以外の情報は皆無。ということで、現地に見に行ったのが1998年のゴールデンウィークのことでした。
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これが本庄側の橋詰。とくに変哲もない普通の橋にしか見えません。しかし、橋の全景を見ようと側面に回ると他では見られない特徴が目に入りました。
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それは、この奇妙な形をしたプレートガーダー部分の橋脚。本来は、画面右側(下流側)の太い橋脚の部分が上毛電鉄のスペースでした。つまり、道路併用橋といっても名鉄の犬山橋のような併用軌道ではなく、長野電鉄の村山橋や、やはり未成線に終わった養老電鉄の長良大橋・揖斐大橋と同様に橋の片側に専用軌道がある構造でした。
 当初は鉄道用の橋桁がかかっていたが、戦前に売却されたという話があります。その後は何もかかっていない状態でしたが、1965年に道路の拡幅が行われ下流側にも橋桁が乗りました。上流側の橋桁はリベットの多さなどからわかるように、開通時のものです。
 一方、トラス部のほうも下から見上げると鉄道の痕跡がありました。
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橋脚の写真と上流・下流が逆転していてややこしいですが、画面左側(下流側)の縦方向の骨が太くなっていることがわかります。おそらくは、1067mm軌間に合わせた位置になっているとおもいます。参考までに、長野電鉄村山橋のトラス部下面の画像をあげます。
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長野電鉄村山橋 ・2005年8月 撮影

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このトラス部は銘板も撮影していました。
1930年、横河橋梁製作所製でした。

新橋の開通に伴い旧橋梁は壊され、トラス部の一部が伊勢崎側にモニュメントとして残されているに過ぎません。その近くには1931年の開通に際して建てられた碑がありますが、その中にも上毛電気鉄道の名を確認することができます。
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・・・この内容をまとめたところ、ネコパブリッシング発行のRailMagazine 1998年11月増刊号「トワイライトゾーンマニュアル 7」において、「東西の「新線跡」を歩く」というタイトルで採用されたのも思い出です。

・いずれも1998年5月 撮影。

・参考サイト
大島登志彦・石関正典 「上毛電気鉄道の設立と創業期の鉄道計画に関する研究」高崎経済大学論集 2007年
土木学会付属図書館に記載の情報 http://library.jsce.or.jp/jscelib/h_bridge/22423.htm

・参考文献
園田 正雄「上毛電気鉄道」 鉄道ピクトリアル 145号(1963年5月増)
※ただし、本記事を再集録した『アーカイブセレクション33 私鉄車両めぐり 関東(II)』 2016年 には掲載されていない。
by hiro_hrkz | 2019-05-25 00:55 | 鉄道施設 | Comments(0)
四国旅客鉄道 いすゞK-CJM470 +富士3E
国鉄バスは全国的に富士重工架装の一般路線車が配置されていたため、分割民営化後も各社で見ることができました。ただし会社間には当然格差があり、JR四国は民営化後には導入例がなく、国鉄時代も3Eが最後であったため影が薄い存在でした。
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・四国旅客鉄道 いすゞK-CJM470 +富士3E 1996年10月 高知駅

画像は高知に配置されていた、いすゞC系の短尺車。
前中折戸の典型的な国鉄バスで、サブエンジン式のエアコンを搭載しているところが地域性を表しているといえましょう。
現在は土佐山田駅発着でアンパンマン一色の大栃線ですが、この頃は未だ御免を経由して高知駅まで乗り入れていました。この頃は駅の西側に仮設のバスターミナルがあり、各社のバスが発着していました。
by hiro_hrkz | 2019-05-18 23:07 | バス(富士重工) | Comments(0)
水間鉄道 モハ501形
 水間鉄道は1990年8月に架線電圧を直流1500Vに昇圧をして以来、もと東急7000系が走っています。
その直前、600Vの頃に在籍していたのがもと南海1201・1901形のモハ501形(およびクハ551形、サハ581形)でした。かつて、水鉄では雑多な中小形車を使用していましたが、南海電鉄の架線電圧昇圧に伴い大量に廃車となった当形式を1971~1973年に12両譲り受け、車種統一を果たしました。関西でいちばんのミニ電鉄だからできた技でもあるのですが、当時のローカル私鉄では画期的なことでありました。

 最も、南海1201形は製造時期によって外観の差があり、また改造で両運転台車と片運転台車が混在していたので、それなりのバラエティが存在していました。
水間に入線したのは以下のようになります
(★は両運転台車、●は貝塚側片運転台、◎は水間側片運転台)
・1次車が3両(南海モハ139~141→モハ1206~1208→水鉄モハ501★、502★、506◎) 
  全長が220mm短い18080mmで、前面の雨どいが弧を描く
・2次車が3両(南海モハ1212、1214、1215→水鉄モハ504◎、508◎、509●)
  全長が18300mmになり、前面の雨樋が直前、また前面裾にスカートがある。
・4次車が2両(南海クハ1905、1908→サハ1905、1908→水間サハ581、582)
  窓の位置が2次車より1段下げられた3次車を踏襲したが、車内が準戦時設計で簡素化された。
  1905は戦災復旧車ながら、車体が原形になった例外的な個体。
・5次車が3両(南海クハ1912、1913、1914→モハ1239、1240、1237→水鉄モハ503★、510◎、505●)
  戦時設計で、車内の通風対策として1段下降窓を採用した。
・戦災復旧の車体新造車が1両(南海モハ1211→水間モハ507●)
  5次車に準じた車体を持つ

ただし、片運転台でもモハ504、505、506、509には、撤去した運転台の乗務員扉が残っており、一見両運転台に見えるものとなっていました(サハもクハ時代の乗務員扉が残存)。
 また、1984年にはモハ502、504、510の3両を電装解除してクハ551~553にしました。これは蛍光灯を交流化するにあたり、制御器・抵抗器を取り外したスペースにMGを取り付けたため。最も、パンタグラフは残されたため電動車時代とそれほど外観は変わっていません。モハ502→クハ551はこの時に貝塚側の運転台が撤去されています。
このようにして、最終的にはサハ2両が同型であるほかは、全てバラバラの内容となっていました。

なお、主電動機は三菱MB-146SFR(端子電圧750V・定格出力93.3kW)に、主制御器も電空カム軸式のGE製PC-14AもしくはPC-14Nに統一されていました。
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・水間鉄道 モハ501 1989年7月 水間

 さて南海1201形は、南海の昇圧後も貴志川線に10両が残存していましたが、私が乗車した平成元年の時点では随分と異なる印象を持ちました。蛍光灯の変更や前照灯のシールドビーム化は南海でも行われていましたが、車内はニス塗りのままでした。一方で水間の車両は車内はデコラ張りとなり、窓枠はアルミサッシ化。なによりクリーム色に赤と水色の明るい塗装となっており、こちらのほうが随分と「いま風」に感じたものです。この車内のデコラですが、ニス塗時代の形状を踏襲しており、扉の両脇が出っ張っていたのが印象的でした。
 この画像はその際に撮影したものですが、留置車両を撮影しようにも本線のポール等が邪魔でこんな写真しか撮ることができませんでした。おそらくは、当時見た本で、貝塚駅まで行けば車両の撮影ができると思っていたのでしょう。しかし、貝塚は橋上駅舎化の真っ最中で撮影できず・・・行きは阪和線の和泉橋本駅から石才駅まで歩いたことが仇となったわけですが、今思うと何とも残念な話ではあります。
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・水間鉄道 クハ553(保存) 2001年8月 水間

 最も、うれしいことに今でも1両が水間観音駅に保存されています。
一段下降窓を持つモハ510→クハ553で、このときは廃車時の塗装でしたが、現在はその前の赤とクリームに塗られています。

・参考文献
吉川寛・藤井信夫「私鉄車両めぐり73 南海電気鉄道 鉄道線電車[3]」 鉄道ピクトリアル201号(1967年9月)
三木理史「関西地方のローカル私鉄 現況4 水間鉄道」 鉄道ピクトリアル445号(1985年3月増)

by hiro_hrkz | 2019-05-12 01:16 | 鉄道(旧形電車) | Comments(0)
弘南バスの日野架装車
弘南バスは1990年代中頃から2000年代初頭にかけて、東京都交通局、小田急バス、横浜市交通局等から多数の移籍車を導入していました。その後は中扉を基本的に使用しない同社ゆえなのか、自家用の中型車にシフトしバスマニア諸氏の関心も低下していたようです。ところが、この数年間再び乗合事業者から路線車を導入するように変わっています。バリアフリー法の関係で再登録が難しくなたことや、中型の自家用自体が減少していることも背景にあると推測しています。

ここ最近の移籍車の主流を占めているのは、もと朝日自動車グループおよび同系の東武バスグループの車両です。今回は、その中から日野車体の車両をあげてゆきたいと思います。
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・弘南バス 日野KK-RR1JJGA +日野車体 2019年5月 上土手町(青森県弘前市)

まずはトップドアの中型車。もとは東武ダイヤルバス(→日光交通)の車両でエアサス車です。側面の方向幕は使っていません。東武ダイヤル時代から1両だけの存在です。
e0030537_18424511.jpg
・弘南バス 日野KK-RR1JJGA +日野車体 2019年5月 中土手町(青森県弘前市)
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・弘南バス 日野KC-RR1JJAA +日野車体 2019年5月 弘前駅前(青森県弘前市)

続いてはオーソドックスな前後扉のツーステップ車でもとは朝日自動車。ただし2台で型式は異なるようです。朝日系列のどこかの事業者を経由しているのかはわかりません。それにしても移籍時の車齢が前者で16年、後者は19年となるわけで、以前では考えられない高齢移籍ではあります。
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・弘南バス 日野KK-RJ1JJHK +日野車体 2019年5月 青森駅附近

こちらはワンステップ車。
マーカーランプがついているので、朝日自動車が出だしなのは確実ですが・・・。
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・弘南バス 日野KK-HR1KEE +日野車体 2019年5月 弘前駅前(青森県弘前市)
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・弘南バス 日野KL-HR1JNEE +日野車体 2019年5月 弘前駅前(青森県弘前市)

ノンステップ車のHRも移籍しています。
9m車はもと朝日自動車、10.5m車はもと東武バスです。このうち10.5mには乗車することができましたが、中扉は棒で封鎖されており使用することができません。
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・弘南バス 日野KC-HU2MMCA 2018年8月 青森駅前

一方で純粋な大型車の移籍は少なく、東武・朝日関連はこれだけのようです。
もとは阪東自動車で国際十王自動車(伊勢崎)を経由しています。青森駅とショッピングセンターを結ぶ送迎バスで使用されています。なお、このバスの前任車も東武の車両(3扉のHT)でした。
by hiro_hrkz | 2019-05-06 20:00 | バス(日野車体) | Comments(0)