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地下鉄っぽい電車
移動自粛要請が解除されましたが、こんな電車が完成しました。
地下鉄っぽい電車_e0030537_18542250.jpg
ことの発端は今年の2月。とある鉄道模型店で鉄コレの事業者限定品である北大阪急行電鉄2000形の先頭車2両を発見しました。これを使えば、なにか面白い電車ができそうだなあ、ということで買って帰ることに。
地下鉄っぽい電車_e0030537_18542279.jpg
屋上のモニタは外して普通の屋根に、また車体幅が2800mm超では広すぎるので、実物換算2700mmになるように唐竹割りにして狭めています。なお、前面は側板と切り離して両側を削ってから再度貼り付けています。前面窓は左右とも同じ大きさに変更し、ジャンク箱から拾った窓ガラスパーツ(何かの戸袋窓)をはめ込むようにしました。貫通扉もくり抜いて、プラ板から新製しています。
地下鉄っぽい電車_e0030537_18542252.jpg
車体はステンレスカーなので、当然ながら銀色で塗装。タミヤのリーフシルバーを使っています。帯はクレオスのスカイブルーです。屋上の冷房はGMのJR西日本用を3機づつ搭載しています。
下回りは鉄コレの19m級を使用。台車はGMのKDタイプで、動力車は台車枠の側面だけ切り出して貼り付けています。
地下鉄っぽい電車_e0030537_18542254.jpg
大阪の地下鉄独特の19m級4扉車ですが、出来上がってみると、前面の雰囲気は営団東西線5000、台車などは都営三田線6000、さらに分散冷房が載っているあたりは名古屋市営鶴舞線3000で、あちこちの地下鉄電車をごちゃまぜにしたような車両となりました。
by hiro_hrkz | 2020-06-28 21:15 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Comments(0)
それぞれの理
それぞれの理_e0030537_00441515.jpg
・1990年6月 国分寺~一橋学園

 SNSを追っていて、ふと西武最後の吊り掛け電車 351系が引退してから30年であることに気が付かされた。1954年に登場した戦後初の西武の新車である。それよりも後に製造された車両が続々と廃車になる中で残されたのは、多摩湖線国分寺駅の有効長の関係で、例外的に17m級車の3連を残さざるを得なかったからである。しかし、それが駅を移転させることで20m級4連の運転が可能になり、1990年6月23日をもって運用を外れた。これにより、西武鉄道は冷房化率100%を達成したが、この車両の存在で冷房化率が99.9%で足踏みしているうちに、小田急に冷房化率100%追い越された曰くがある。当時の私は、向ヶ丘遊園のモノレールも含めて計算しろと思ったとか思わなかったとか。

 さて、西武351系の写真を見ながら、少々思ったことがあるので、ここに書き連ねてみたい。
今は故人であるが、特撮で有名な監督氏が、その晩年に電車に関する読み物を著した。関東地方の様々な私鉄の車両もとりあげらていたが、中身を一瞥して「西武はやはり蚊帳の外か」とガッカリしたことを覚えている。

 だいぶ前に、このブログで「国鉄中心史観」をヤリ玉にあげたことがあるが、一方で「私鉄高性能車・特急車史観」というものも見え隠れすることがあるように思う。

 各社の1950~60年代の名車といえば、東武はDRC、小田急はロマンスカー、京王帝都は5000系と3000系、東急はアオガエル、京浜急行は600、京成は初代開運号、営団は丸ノ内線300、相鉄は5000系・・・でも西武は???

 私鉄電車といえば、華やかな特急車、あるいは国鉄に先んじて各社に登場した高性能車が注目し称賛される存在であり、これらが実質的に昭和44年の西武秩父線開業まで存在しなかった西武は無視される・・という展開は、鉄道関係の著作でもいくつか見られた。そういえば、何かにつけて西武にはケチをつけたがる某鉄道趣味誌に連載を持っていたかたもおられた・・・そういう反応には、西武の社主であった堤一族のダークな面も影響しているようにも思うが・・・・、。
 
 閑話休題。そんな華やかな面だけが正義ではない、ということが平成の30年で漸く浸透したように感じる。
351系は車体は新造であるが、電気機器類は国鉄の払い下げ品を使ったもので、そうした姿勢は1960年代後半の411系まで続いた。そして、戦後混乱期には国鉄から戦災車などを大量に譲り受けた事実がある。主たる観光地もなく特急車とは無縁の存在・・・当時の同業他社のような華やかさや革新的なことは車両面では何一つなかったと言ってもいいだろう。
 しかし、西武が新技術の導入には目もくれず、こうした車両を増備したのは、急増した旅客に応えるのが理由の一つである。幹線である池袋線の複線区間はは戦前の段階で池袋~保谷のみであり、それが所沢まで達したのは1960年のことである。施設の面でも輸送量が急増したことが窺える。その一方で、私鉄初の10連運転が始まったのは1963年で、国鉄山手線よりも早かった。また、戦災国電を導入したことから車体幅・長さの制限が緩くなったことを活用し、国鉄と同じ幅2800mm・長さ20mの車両をいち早く揃えて行った(最も、その過程で20m級3扉を標準としたことや、ライバルの東急系企業が前身だった故に地下鉄乗り入れから距離を置いていたなどのポイントもあるが)。もちろん堤氏の節約精神も考慮されるべきだが、西武はまず絶対的な輸送力を確保することを目指していたことが読みとれる。
 似たような面があるのは東武で、特急車はともかく、普通電車に対して著しく低い評価しか与えられていなかった。こちらは63形導入後それに範をとった78系を1960年代初頭まで導入していたためである。こちらも輸送力の確保を第一に考えていたのであろう。実はCS1形制御器やMT15形主電動機といった大正〜昭和初期の技術で走らせる西武の吊り掛け車とは異なり、主電動機(HS267/TDK544)・制御器(MMC)などは最新のものを採用していたのだが、見た目重視の鉄道マニアからの評価は宜しくなかった。そもそも気が付いていなかったのだと思う。余談だが、その後継の8000系も車両数があまりに多いために私鉄の103系と揶揄されるなど、バーニヤ制御にエアサスかつミンデン式の台車、奥行きのあるロングシートの採用などの点がきちんと見られてこなかったと思う。

 これは華やかな特急車と新技術の導入に積極的だった小田急とは対照的な点である。小田急は戦中に国鉄型車両の入線が可能であることが実証されたにもかかわらず、それは63形の割り当てと特急車の一部くらいにしか活用されなかった。それどころか、通勤車は2700mm幅の中型車に逆戻りしてしまう。これが克服されるのは1964年の2600形導入まで待たねばならず、10連運転の開始も1977年と遅かった。小田急は新技術で客を捌けると思っていたフシがある。
 また、初期高性能車そのものの評価も考えてみたい。外面的には横浜の比較的規模の小さな事業者であった相鉄が、大手私鉄ばりに高性能車の5000形を1955年に導入し、以降5年で20両を揃えたことは快挙ではあると思う。が、ボディーマウント構造が保守の面で嫌われたことや、車体そのものの劣化、また18m級では輸送量に耐えられなくなったために、新造後20年持たずに車体を載せ替えかえた点からは、別の査定があって当然であろう。これは京成750形にも共通している面があるし、名車と言われる東急5000系も台車の補強など各部に手を入れて延命させていたことに触れる必要があろう。

 こんな点を考えた場合、たとえば京王帝都の名車は何になるのだろうか。それに対して初代5000形を思い出す人は多いだろう。1963年の京王線の昇圧に際して登場し、それまでの車両と一線を画すアイボリーに赤帯の外装を採用したこの車両は、特急運転の開始やロングシートの冷房車を全国でも戦後初採用した点が評価され、そしてその外見から未だに根強いファンが多い。しかし機構的な面からは、その前に登場した2010形を踏襲したもので目新しいものは少なかった。京王の戦後約15年にわたる改良の集大成として、主に運用面で評価された車両であるといえよう。しからば、その改良の端緒に登場した2600形も同様にエポックメイキングとしてもっと評価されてよいのではないかと思う。

さて、冒頭に戻ろう。
昭和20年代後半から30年代に登場した大手私鉄の電車の中に、西武からは351系若しくはその次に登場した20m級の501系を代表として並べたい。
華やかさも新技術もないが、輸送という一番の使命に応える電車として、何も遜色に思うことはないであろう。
それぞれの理_e0030537_00442129.jpg
・1990年6月 国分寺


by hiro_hrkz | 2020-06-20 02:33 | 鉄道(その他) | Comments(0)