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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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鹿児島市交通局の西工58MC 3題
鹿児島市交通局も九州の事業者であるため、西工58MCを架装した車両が多数在籍していました。
ただし、鹿児島市交のバスは古くから随意契約ではなく入札制だったのか、ある年に纏まってどっさり入り、シャーシもそれぞれの年でバラバラでした。
鹿児島市交通局の西工58MC 3題_e0030537_22290926.jpg
・鹿児島市交通局 いすゞP-LV214M +西工58MC 2009年5月 朝日通
鹿児島市交通局の西工58MC 3題_e0030537_22291103.jpg
・鹿児島市交通局 いすゞU-LV224M +西工58MC 2012年5月 鹿児島中央駅
鹿児島市交通局の西工58MC 3題_e0030537_22291213.jpg
・鹿児島市交通局 いすゞU-UA440LAN +西工58MC 2014年8月 鹿児島中央駅

画像は上から1987年導入のP-LV、1992年導入のU-LV、1993年導入のU-UAです。それぞれ、13両、15両、8両の導入でした。
メーカーは異なれど軸距は5.2mクラスに統一されています。また、1987年度以降、サスペンションはエアサスを採用しました。
エンジンはいずれも標準出力です。余談ですがこの後、しばらく西工の採用が途絶えた1995年以降は高出力を選択していました。

そして車体も全てメトロ窓で中4枚折戸に統一されています。とりわけ特徴なのが前面が左右で一体の窓ガラスであること。これは他のメーカの大型車でも同じでした。

・参考文献
「バス事業者訪問65 鹿児島市交通局」 バスラマインターナショナル 65号(2001年3月)

# by hiro_hrkz | 2022-09-17 23:15 | バス(北村、西工、東特) | Comments(0)
速星のスイッチャー
速星のスイッチャー_e0030537_01022659.jpg
富山駅から高山本線に乗って数駅。速星駅はその西側に1928年に操業を開始した日産化学富山工場があり、現在も貨物列車が発着し社有機による入換が行われています。
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 1970年、日立製作所製の25t機の251と252が在籍しています。写真は25年前の1997年に撮影したものですが、現在も塗装は大きくは変わっていません。
 画像の車両は252で、キャブの下側のメーカープレートの右側に小さく車番のプレートがあります。随分と軸距が短いのが印象的ですが、これは他の日立の25t機にもみられる特徴です。ボンネット先端のラジエターの形状はここでしか見られないので、後天的改造なのかもしれません。
 日立製を採用したのは、同じ日産コンツェルン(春光懇話会)の企業同士だからと勘繰りたくなりますが、真相はいかに・・・日立物流の側線にいたのが日車製ということもありますから、偶然だとは思いますが。

 さて、現在はコンテナになっていますが、かつては私有化成品タンク車の宝庫でした。
その中から幾つかを取り上げてみます。
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日産化学といえばステンレスのタンク体を持つ銀色の貨車を思い出される方もいらっしゃるかと思います。上から順に、
タキ5900形 タキ5903はクロルスルホン酸専用車。
タキ8100形 タキ8143は希硝酸専用車。
タキ10700形 タキ10755も希硝酸専用車。
タキ29100形 タキ29123は濃硝酸専用車で製造から数年のまだ新しい車両でした。
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液化アンモニア専用車のタキ18600形 タキ18685。高圧ガス保安法に基づく白いタンク体は長く、貨物列車の中でも非常に目立つ存在でした。
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日本石油輸送所有のタキ17400形 タキ17401。
リン酸専用で2両のみの存在でした。

・いずれも1997年10月 撮影

・参考文献
吉岡心平「プロフェッサー吉岡の私有貨車図鑑」レイルマガジン1997年6月増
# by hiro_hrkz | 2022-08-30 00:43 | 鉄道(非電化) | Comments(0)
出雲広瀬にて
出雲広瀬にて_e0030537_01434801.jpg
・広瀬の街を進む安来イエローバス

 島根県の東端、中海にそそぐ飯梨川に沿って湖岸から10kmほど南に進んだ山間に広瀬という町があります。長い間、独立した自治体(能義郡広瀬町)でしたが、平成の大合併で2004年に安来市・能義郡伯太町と合併し現在は安来市の一部となっています。
 歴史を遡れば出雲国守護職の所在地で戦国武将、尼子氏が本拠地とした月山富田(がっさんとだ)城があり、1611年に松江城が築かれ松江藩が成立するまではこの地方の中心でした。もともと街は城の直下にありその名も富田でしたが、災害が相次ぎ、1666年に同藩の支藩である広瀬藩が置かれた際には飯梨川の対岸に新たに広瀬の街が築かれたようです。現在、街の中心には明治期~昭和初期の建屋が多く残り趣のある景観をつくっています。
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 この広瀬市街地にあるのが、今回の記事のメインである安来イエローバス(安来市自主運行バス・・・いわゆる旧・80条バス)の広瀬バスターミナルです。広瀬には1928年8月に開業した広瀬鉄道(→山陰中央鉄道広瀬線→島根鉄道→一畑電気鉄道広瀬線 荒島~出雲広瀬)がありましたが1960年6月に廃止になり、以降はこのバスターミナルが公共交通の要となっています。
 ここは、もともとは一畑電鉄(バス)の広瀬営業所でしたが、同社は2000年3月で撤退しイエローバスが代替運行しています。なお、当時は合併前なので安来市・広瀬町・伯太町の1市2町による一部事務組合(安来能義広域行政組合)の運行でした。
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 昭和30年代らしい、当時のモダンさを感じさせる妻板の意匠が印象的です。一方、バスの発着場には大屋根がありましたが、老朽化により現在残っているのは骨組みだけになっています。以前はこの屋根の前面には一畑グループの施設等が描かれた大きな看板が掲げられ、いわゆる「マニアが思い描く好ましいローカルバスの拠点」であったようです。
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バスターミナルの裏は細い道を挟んで駐車場になっています。
こちらも以前は建屋がありましたが、現在はなにもなく更地になっています。
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 さて、もともとは妻板の部分に「出雲広瀬駅 一畑電気鉄道株式会社」の切り抜き文字が掲げられていました。現在も跡がくっきりと残っているので判りやすいと思います。出雲広瀬駅という名称から、旧・広瀬鉄道の同駅の跡地と勘違いされる方もいるようですが、全く別の場所に存在します。
グーグルマップ上に描いた広瀬鉄道出雲広瀬駅附近と、イエローバス広瀬バスターミナルの位置
ここはいわゆる「バス駅」であり、鉄道廃止後はバスで国鉄との連絡輸送が機能していたと思われます。そうい意味では駅が移転したというのが正しい表現かもしれません。
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 広瀬鉄道の出雲広瀬駅はバスターミナルから直線距離で1.1kmほど北北東の街外れにありました。現在の安来市民病院の北東側にある栄町集会場がその跡地です(上の写真の画面左側にある。現地では場所がよくわからなかった)。駅舎も木造切妻で、バスターミナルの建屋が鉄道の駅を移築したということはありません。
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 広瀬鉄道の廃線跡はその大半の区間が道路用地に転用されたため、鉄道時代の面影を残している場所は多くありません。鷺の湯温泉~出雲広瀬の築堤も位置は変わらないようですが幅は足立美術館附近を除いて2車線道路が乗るように拡幅されているようです。
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 イエローバスの車両も紹介しておきましょう。全体的に日野が多いようで、KR新旧、リエッセ、リエッセII(コースター)のほか、ふそうローザなどを使用しています。近年導入の車両は、安来節のどじょうすくいのイラストが描かれていますが、これを広瀬で見るとちょっと違和感があります。一方、リエッセには地元戦国武将を大河ドラマに・・・という見果てぬ夢が描かれています。

安来イエローバスは80条バスとしては本数・系統ともに多くが確保されています。一畑時代の名残で一部は県境を越えて米子市に乗り入れるのが特徴です。運賃も一部を除いて200円均一に抑えられています。
出雲広瀬にて_e0030537_01443390.jpg
 最後に、一畑電鉄時代の広瀬行きのバスの写真を。1999年9月に米子駅前で撮影したものです。車種はいすゞKC-LR333J +IBUSで当時最新鋭の車両も投入されていました。
 また、一畑時代は松江市中心部を経て松江温泉駅まで行く路線もありました。こちらについては以前いすゞK-CLM470 +川重で取り上げているので参考にしてください。

・画像は注記あるものを除き2022年8月 撮影
# by hiro_hrkz | 2022-08-21 00:44 | バス(その他) | Comments(0)
大井川鉄道 モハ421、クハ571
大井川鉄道 モハ421、クハ571_e0030537_00110966.jpg
・大井川鉄道 モハ421-クハ571 2001年3月 抜里~家山

 大手私鉄には車両譲渡に積極的なところと消極的なところがありますが、後者に入るのが近鉄でしょう。路線の移管が絡むものを除けば、戦後に同社から譲渡された事例はコトデンの20形となった南大阪線のモ5621形4両と大井川鉄道の8両の合計12両に留まっています。大井川鉄道には1995~2002年にかけて2系列が譲渡されていますが、今回はいちばん最初に譲渡されたモ421・ク571がお題です。

 近鉄モ421・ク571は1953年3月 日本車輌本店製で、もとは1953年の名阪間の特急増発に備え名古屋線向けに製造された6421系のモ6421・ク6571です。現在の近鉄の車両は大半がグループ会社の近畿車両製ですが、6421系は最後の他メーカーへの発注事例です。
 ドアが両端に寄った全長198000mmの2扉車で、車内は転換クロスシートを装備。車体は近車が前年に西鉄313系で開発した軽量車体に準じたもののようです。主制御器・主電動機は共に日立製で、前者は電動カム軸式で多段のMMC-H-200A、後者はHS-256BR-28(端子電圧750V 定格115kW)でした。ブレーキは自動制動のAMAR(A動作弁+中継弁)です。

 1957年に冷房化、1959年には名古屋線の1067mmから1435mmへの改軌に合わせて台車を履き替えて改軌しています。しかし後継特急車両の増備に伴い特急運用を離脱、さらに1963年には側面中央に1300mmの両開き扉を設けて3扉化、冷房装置も撤去されて一般車に転用されます。その後、1979年以降順次、再度台車を交換して狭軌に改軌の上で養老線に転属し、1984年4月の改番では3桁のモハ421・クハ571となりました。廃車は1994年12月です。
大井川鉄道 モハ421、クハ571_e0030537_00110978.jpg
・大井川鉄道 モハ421 1995年8月 新金谷

 大井川鉄道には廃車直後に入線したようです。近鉄が車両譲渡を行うこと、そして既に冷房付きでカルダン駆動車の南海ズームカーと京阪3000を譲り受けていたのに、冷房なしの吊り掛け車に手を出したことは、当時、非常に驚きました。竣工は1995年3月20日です ※1。
画像は1995年8月に撮影したもので、養老線で使用されていた時とほぼ同じ外観です。ただ、マルーン色は譲渡前に塩浜工場で塗りなおしているということです※2。この時点で、ワンマン運転対応化は完了し車内に飲料の自動販売機が取り付けられていたようですが※1、いくら本をめくっても検索してもマルーンのままで運用に入ったという情報が見当たりません。
大井川鉄道 モハ421、クハ571_e0030537_00110937.jpg
・大井川鉄道 モハ421 2008年9月 抜里~家山
大井川鉄道 モハ421、クハ571_e0030537_00110974.jpg
・大井川鉄道 クハ571 2001年3月 抜里~家山

 その後、1995年10月に近鉄での特急車時代の紺とアイボリーのツートンに塗り分けに変更※3 されました。それ以降は他の吊り掛け駆動の車両と区別なく使われていました。しかし、大鉄は近鉄南大阪線の特急車である16000系を3編成譲り受け、さらには保有車両を減らすことで釣り掛け電車を淘汰してゆきます。当形式が大鉄での最後の吊り掛け車になりましたが、2009年には運用離脱。千頭や金谷の側線で長期放置の上で2016年に解体されました。

 さて、大井川鉄道では秋の紅葉のシーズンを中心に、多客時には2編成を繋げて3~5両編成になっていました。420形も、もと西武の312形北鉄の6010形などと連結しているところが撮影されています。これは、大井川鉄道の吊り掛け電車は基本的に自動ブレーキ(AMA)に統一されていたのが理由ですが、一方で制御器はバラバラでした。
 1990~2000年に在籍した各車は、モハ311(もと国鉄クモハ11400→西武)、モハ312、モハ1001(もと伊豆箱根)、モハ1105(もと岳南)が国鉄の電空カム軸式のCS1(芝浦RPC101)もしくはCS5、モハ3822、モハ3829、モハ310(もと名鉄)、モハ6010が東洋電機の電動カム軸式のES-516-C、さらにモハ1906(もと小田急)は三菱の電空単位スイッチ式のCB10-281B(いわゆるABF制御)と異なっており、マスコンも国鉄MC1(CS系の各車)、東洋ES-80C(もと名鉄車)、日車NC-563(クハ6061)などバラバラでした。
 とはいえ、これらは全て自動加速車なので通常はマスコンの指令(直列→並列)に合わせてどの制御器も直列・並列の最終段まで進みます。ようは総括制御はできるが協調はできないという状況にあったのだと思います。
 大井川鉄道は、電化当初に導入したモハ201・202(もと豊川鉄道)がEEの電動カム軸、モハ301・302(もと三信鉄道)がGEの電磁接触器式(Mコントロール)でしたが、モハ303(もと豊川鉄道)が国鉄CS2(日立PR150)を搭載していたことから、その後に入線した車両は国鉄CS1~3、CS5を搭載しています。これが崩れるのは名鉄からモハ310が入線したときで、これ以降は自動加速車という縛りはあるものの、制御器には手を付けませんでした。

 それにしても日本の吊り掛け電車における自動進段制御器の主要な4種類・・・つまり、CS(RPC)、ES、ABF、MMCを分け隔てなく連結したというのは、ここくらいのものでしょう(CSとMMCなど2種類程度だとそれなりにあるのですが)。 このような混結を行うと進段タイミング、さらには主電動機出力の差により車両間での衝撃が発生するので、嫌っていた事業者も多いようです。
大井川鉄道 モハ421、クハ571_e0030537_00110844.jpg
・モハ421の台車 近車製のKD-32

※1 東京工業大学鉄道研究部「1994年度下半期(1994.10.1~1995.3.31) 私鉄車両のうごき」 鉄道ジャーナル348号(1995年10月)による。
※2 https://twitter.com/cityflyer332/status/1384694400236744705 による。
※3 鉄道ファン417号(1996年1月)の「POST」欄より。1995年10月14日の「鉄道の日」を前に実施された模様。

・参考文献
澤内一晃「名古屋線特急車 6421・6431系の技術史」鉄道ピクトリアル 990号(2021年9月増)
白井良和「私鉄車両めぐり126 大井川鉄道」鉄道ピクトリアル436号(1984年9月)

# by hiro_hrkz | 2022-07-17 22:09 | 鉄道(近代形電車) | Comments(0)
おつかれさまでした
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JNMAフェスティバル(第27回 2022年7月3日 都産貿台東館にて開催)に、T-Track Network(路面モジュール)の一員として参加いたしました。会場でお会いした皆様、お疲れ様でした&ありがとうございました。

コロナ禍により2020年は中止、2021年は路面モジュールの展示が無かったため、3年ぶりの参加となりました。公開運転会への出展も3年前のJNMAが最後であったため、その意味でも久しぶりのことでした。

当然、三年ぶりの再会という人も多く、お互い三年分老けたということになります(笑)。しかし、年齢を重ね様々な障害があっても、こうして趣味を続けられること、そして一緒に楽しめる仲間がいることは非常に幸せなことであると実感しました。

物販は50分制限の交代制(10分のインターバル)でしたが、会場に一般で入場した友人に聞くと出展ブースを回るのが精一杯でもう1回入場したとかそういった声も聞きました。75分くらいにして、インターバルを15分としたほうがよいのかもしれませんね。
ちなみに私はバスコレを1両かっただけで終わりました。

さて、今年は3年分?の作品を持ち込みましたが、本年上半期作成の3両をここに紹介したいと思います。いずれもノスタルジック鉄道コレクション(ノス鉄)の第2弾をベースにしています。
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まずは日車製ボギー式ガソリンカーを電車化した車両です。プロトタイプは和歌山電鉄のモハ202で、そこに淡路交通の気動車改造電車などの印象も取り込んでいます。
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車体は前面2枚窓のジハとハを切り継いだものです。本来であれば、窓配置は2D2D6D2としたほうがよいのですが、切り継ぎ個所の都合上1D3D6D2となりました。前者の窓配置にしたところで、実物は乗務員扉があり客用扉は車端方向に開くので適当なところで妥協しました。荷台は第10弾の北陸鉄道キハ5201のものを幅を詰めて取り付けています。
 塗装は、ガイアのインテリアカラーと、GMの青22号に白を混ぜたもの(2年前に作成した福島交通飯坂東線ふう電車と同じ)で塗っています。 屋根はタミヤのジャーマングレーです。
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27年前に作成した第一次神奈電の日車改造電車と並べてみました。旧作は当然ながらプラ板による自作です。荷台はシバサキの2軸ガソリンカー(奇しくもノス鉄と同じ日車ガソリンカーがプロトタイプ)の付録を流用しています。エッチング抜きで今見てもなかなか繊細なパーツだったと思います。台車はブレーキ―まわりに手を加えて日車D12に見せようとするなど、製品が少ない時期ゆえの努力?も見られます。
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もう2両は、岩手開発鉄道キハ202がプロトタイプのキハ200と、その全面を国鉄キハ90ふうに変更したキハ90 合計3両をベースに作成した14m級電車です。
もともとはキハ200を2両使って岩手開発のプロトタイプに近づけるつもりだったのですが、窓幅などが狭いのか実物通りの窓は位置に切り継いでも短くなり、なにより同様の改造を行った素晴らしい作品を見てしまったため、路線変更しました。
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2両とも同じ車体で、連結面は広幅貫通路です。これは鉄コレ第8弾のコトデン700のものです(・・・本来はその車体を切り継いで豊鉄1810を作ろうとしたものの、そちらは完成せず闇に葬られました・・・)。また、右側面に乗務員扉を設置するため、連結面側から移設しています。連結面側のもと乗務員扉の部分にはt0.5mmとt0.3mmのプラ板を貼り重ねてから嵌め込み、窓を開けています。
テールライトは銀河モデルの新型国電用に変更し、当初は2枚窓のままにする予定でした。しかし、実際にパンタグラフを載せてみるとどうにも違和感があったため、窓を拡大しキハ90の3連窓を入れることにしました。結果、岩手を開発しそうな電車から所沢の工場で錬成された車両になりました・・・・木造電車の機器・台枠を流用して西武所沢工場で西武451系の外観を取り入れた車体を新造した感じですね。キハ90は窓の位置が高いので、1mmほど下げると印象が随分変わると思います。

塗装はGMのクリーム1号とクレオスの暗緑色(中島系)です。
窓は製品のものを使うと2枚足りませんが、これは鉄コレ第8弾の山陽電鉄700から流用し、連結面よりに使って違和感ないようにしています。


# by hiro_hrkz | 2022-07-09 18:06 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Comments(0)